2009年 04月 12日
親子丼 S店 より江 なんていつたつて、ここへ来てはじめてオヤコドン食べた時の味、忘れられないナ。ウマカツタ。ほんとにウマカツタ。世の中にこんなウマイモンあるかと思つた。きいろいきれいげなイロした玉子のトコロドコロにホキホキした肉、マツシロイごはんの上にのつかつた、こんなゴチソウははじめて食べた。あつたかいドンブリのフタをとつた時、あたしが何時もクイタイ、クイタイと思つてたニオイがプーンとした。 このニオイだ。このニオイだ。あたしがねえやをしていた時に、毎日、そこのダンナサンにはこんだベントーの中からしていたニオイは⋯ とうとう、あたしは食べた。ああ、あの時は、あたしは、そのダンナさんに持つてゆくベントーが死ぬほど食いたかつた。 あつたかいベントーをかかえて、おやしきを出るあの時のあたしは、何時も、いつも、ハラがへつてハラがへつて、たまらなかつた。ああ、ハライッパイ、クイタイ。それが、ねえやのあたしのさいじようの、のぞみだつた。そして或日、あたしは、死にたいほど食いたかつた。アッ、コロサレテモイイ、コノベントー、クッテシマウベ。 あたしは、とうとう、道のまん中に立ちどまつて、さげていたベントーのつつみを胸にだいた。あつたかいベントーの底で、胸が、ドクッ、ドクッとなつていた。そして、あたしは思わず泣いた。ナミダがボロボロ出てとまらない。だつて、その時のあたしは死ぬほどハラがすいていたんだつた。(中略) あたしは何故ここから出ていかないのだろうか。あたしにとつて、この問いは、いいたくない、あたしの心の底をあばかれるような気がする。カタギになれ、アンタなら出来るといつてすすめてくれた人の前では、あたしは、早くカタくなつて、どんなことでもやつてみようと思つてもみる。けれども、正直を云えば、あたしは、一歩世の中に出たら、どんな風が吹くか、それがおそろしいのだ。(中略) あたしが、あたしという女の運命について考えるとき、あたしの頭の上で、その星は、これで、この現在で、まんぞくしろとささやいているような気がするのです。もし、あたしがこれから先、ここを出たとしても、いまのあたしにあるような幸福はないだろう。 あたしはほんとうにそう思つている。苦労に苦労をしてたどりついたこのくるわの中で、あたしのいままでの苦はみんな消えていつた。これに満足し、いまの生活から出ていこうとしない自分を、あたしは、いとしいとさえ思う。(よしわら/大河内昌子 編)
by hishikai
| 2009-04-12 02:00
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