2009年 04月 14日
『赤線地帯』という映画がある。昭和31年大映の配給で、監督は溝口健二。売春禁止法成立前夜の吉原歓楽街を舞台に、サロン「夢の里」で身をひさぐ女性たちの、苦境にあえぎながらも互いに励まし合って生きる姿を、京マチコ、若尾文子、三益愛子、小暮実千代、町田博子、沢村貞子らの女優陣で描いている。 この脚本は一部が昭和29年頃発表された芝木好子の『洲崎の女』によると言われている。『洲崎の女』は洲崎歓楽街に生きる登代が、実家に預けていた子供から絶縁を宣告されたことを契機に、偶然目撃した近所の子供の溺死と、空襲で子供と海中に避難した記憶とが重なって、やがて洲崎の海に引き込まれてゆく物語である。 これが『赤線地帯』では、三益愛子演じるゆめ子が、仕送りで育てた子供が成長して工場で働き始め、ここに訪ねたところ、子供から「汚い」と罵られ絶縁を宣告されたことで、やがて発狂するという、その人物のモチーフになっていて、これが脚本の一部『洲崎の女』によるということの意味の全部となっている。 では他の女性たちのモチーフは何処か。それは多くが昭和29年に発表された大河内昌子の『よしわら』にある。ここに収められた柳沼澄子の小説『石の上に咲く花』に登場する店の若い衆、栄公は菅原謙二演じる同じ栄公で、彼が連れて来る京マチコ演じるミッキーは小説ではサリーで、共に米兵を客とした経歴を持つ。 同じく京マチコ演じるミッキーの関西出身で、土地の名士であるが放蕩を尽くす父を憎み、虐げられた母に強い同情を示す設定は、あい子の手記『能面』と同じで、稼ぎを分配する席で沢村貞子演じる辰子の言う「やすみちゃんは、はいトップ、あとはドングリの背比べ」という台詞もまた『石の上に咲く花』に同じくある。 また三益愛子演じるゆめ子が子供を預けた田舎に行き、停留所近くの茶店で、何処の村まで行くのかと尋ねられた時の台詞「村なんか聞かないでもさ、また来る時は来るよ」も、あきの手記『帰郷』にあり、川上康子演じるしづ子が親子丼を食べて感激する場面は、より江の手記『親子丼』にある。 そのより江という名前は町田博子演じる女性の名前になっており、小暮実千代演じる病気の夫と小さな子供を抱える通いの女性、はなえという設定は二三子の手記『ある日記』に見られる。このように『赤線地帯』は『よしわら』から多くを得ているが、どうしてか世に知らされた時には芥川賞作家の名前一つきりになっていた。
by hishikai
| 2009-04-14 20:04
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