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2009年 07月 23日
基本的な考え方として、国家が国民という同質性によって政治的に統合される存在であることから、国政レベルでの選挙権と被選挙権が、政治的統合のための、国民にのみ与えられた権利であることは疑いがない。また国民が政治的意思決定に参画するという意味では、公務への就任権もまた国民にのみ与えられた権利である。ところで永住外国人への地方自治での参政権を認めようとする人々は、この主体を「国民」ではなく「住民」と言い換える傾向がある。これは地域における連帯意識や愛着といった要素を強調しながら「国家の統治」と「地方の行政」との間に一線を描き出すことで、外国人の参政権について限定的かつ不拡大的な印象を与えようとするものである。 しかし地方分権が様々に議論されているとはいえ、今のところ我国の地方自治は、例えばアメリカの地方自治にみられるように、地方政府の構造と首長その他の役員選出の手続きを定めた自治憲章を地域に居住する人々が採択するという、ホーム・ルール制のごとき独立性を有しているわけではない。 我国の地方自治は、憲法の付与する一定の自治権を有する地方公共団体によって行われている。地方公共団体による自治は、その行政の具体的な内容については国会の関与すべきところではないものの、その構造と首長その他の役員選出の手続きについては国法に根拠を持っているために、国会の関与するところとなっている。 そのことから我国における参政権の議論では「国家の統治」と「地方の行政」の間に一線を描き出すことで、かたや国民としての問題、かたや住民としての問題といったような区別をつけることができず、ひとたび永住外国人への地方自治での参政権を認めるならば、その国政レベルへの拡大を不可とする理由はない。 また永住外国人の公務への就任についても、昭和28年3月25日の内閣法制局見解は「公権力の行使又は国家意思の形成への参画にたずさわる公務員となるためには、日本国籍を必要とする」として、これを「公務員に関する当然の法理」と述べている。 であるならば、地方公共団体の場合においても当然この法理は適用されるべきで、現に東京都の管理職選考試験の受験資格に日本国籍が必要であることについて在日韓国人が合憲性を争った事案で、東京地方裁判所は平成8年に、東京都の管理職が公権力の行使と公の意思形成に参画する性質のものであるとの見解を示している。 参政権の間接的な形が選挙権であるならば、直接的な形が公務への就任権である。そして我国の場合、地方自治の独立性が低いために、両者ともに国政レベルと地方自治レベルの間に明確な線引きを行うことはできない。参政権の議論で「国民」を「住民」と言い換えることは情緒的な偽装であって、我国の現実を反映しているわけではない。 self-governmentとして登場したイギリスの地方自治が、革命後のフランスでは国民主権との整合性から中央集権に道を譲り、ドイツでは分立する小国の自治権を否定するために国家による地方団体に委ねられる。我国の地方自治は戦前にドイツの、戦後にフランスの影響を受けている。写真のように竿灯を捧げ持つ人を私達が「秋田人」ではなく「日本人」と感じるのは、この地方自治の歴史体験も影響していると私は思う。 ※このブログはトラックバック承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
菱 さん ke-さん こんばんは。 予定通り無事帰って参りました。 秋田市にあるお墓参りが主目的でしたが、娘は私の育った湯沢市(実家のあった周辺や小・中・高校を見て)から、「かまくら」で有名な横手市(マイナス10°のかまくら保存館がある。)で北国の寒さを体験でき、とても喜んでくれました。 横手付近の温泉地に宿泊し、翌日は秋田市まで70㌔の移動でした。 朝からの豪雨で、お墓を掃除したり住職に読経していただくのは無理な状況でしたが、連絡をして数時間ずらしてお寺に到着しますと、晴れ間こそ出ませんでしたが雨は上がりしっかり墓参ができました。 (続きます。) その後、仙台は松島の手前、温泉のある宿(250㌔)まで移動し、翌日は快晴の中、朝一番で松島周回遊覧船に乗り「日本三景」の一つを堪能しました。(お客のカモメへの餌づけには閉口でしたが) 下船して近くの「五大堂」や「瑞巌寺」、「伊達正宗歴史館」を見学し、昼ごろには帰路につきました。 観光地では朝一番での行動が何よりですね。 私たちが帰るころの松島は大混雑で、最寄インターから松島までの約4㌔はほとんど動かない(駐車場がないので)状態でしたよ。 さて、娘とのわずか2泊3日のドライブ旅行、でも、ke-goさんがおっしゃるようないろいろな話が出来ました。 (将来にはお互い貴重な思い出になりそうです。) (続く) (続きです。) 実は 『自分の卒業した小・中・高校を見せる』 というアイデアは、私の高校時代の同級生を真似たものなのです。 10年ほど前になりますが、彼女は子供(中学生)が「登校拒否」になり悩んでおりました。 横浜在住でしたが、お盆の帰省を利用して自分の母校に連れて行き、当時自分はどういう子供だったか、何に夢中だったか、何を悩んでいたか等、いろいろ話したそうです。 親が子供の時代まで戻れたのが良かったのか、その後不登校は解消されたのです。 私はこの話を聞いた時、まだ娘は2歳でしたが、問題があるなし関わらずいつか「同じようにしよう!」と決めていたのです。 走行距離1450㌔…いい旅でした。(菱さん、東北いいですよ~) レイさん お帰りなさい。念願を果たされましたこと、お喜び申し上げます。 子供からすれば、親は生まれた時から当たり前のように存在し、その悩みある前半生のあった事実を認識できず、自分だけが学業や友人関係の果てしない泥沼を歩いているような感覚を持つことは、私には子供がいませんが、自身を振り返って理解できるように思います。 この度のレイさんのお嬢様との東北行は、レイさんにも悩みある前半生のあったことを、明るい夏の東北の自然の中に少年レイさんの幻を見せながら、お嬢様の記憶に実感として示すことができ、真に意義深い旅であったであろうと、お節介にも想像しております。 東北は本当に良さそうですね。ひとつ告白しなければなりませんが、これまで私が旅行先に東北を選ばなかったのは、大和朝廷に弓を引いた、まつろわぬ者どもという偏狭な意識によるものでした。 しかしそれも、ke-go様の学生時代のお話や、そしてこの度のレイさんの東北行を考える中で消え去ってしまったようです。この点はお二人に御礼を言わねばならないと思っています。ありがとうございました。 レイアップさん、お帰りなさい。 『武士の娘』(杉本えつ子著)が僕のイメージする理想的な東北ですね。僕が暮らしていた頃も雪深さでは同じでした。 夏の東北旅行・・・いいですね。羨ましいです。 菱海孫さん、今度一緒に行きましょうか! どうせ飲んだくれ旅行だろうから、東北でも沖縄でも大して変わらないような気もしますが(笑) 今回の走行距離1450㌔は、今はピンとこなくとも、必ずや娘さんが大人の女性になられた時には思い出す素敵な思い出になるんじゃないでしょうか。 ひとまずお疲れ様でした。 ゆっくりとビールでも。もう飲んでるか・・・。 菱さん ke-goさん わざわざのコメントありがとうございます。 お二人にご理解いただきうれしいです。 ところで、菱さんの >これまで私が旅行先に東北を選ばなかったのは、大和朝廷に弓を引いた、まつろわぬ者どもという偏狭な意識によるものでした。< には驚きました(笑) この話だけでも「あ~知り合えて良かった!」と思いますもの。 物事の判断の基準点が常人と違うというか「絶滅種を発見した喜び」というか、なんか興奮しますよね。(ke-さんもそうでしょう!?) そう、秋の東北なんかいいですよ! もみじ…湯(温泉)…人肌の熱燗、肴は何にします? レイさん 「絶滅種を発見した喜び」は好いですね。笑いました。 菱さん へ さりげなく竿灯の写真(実にタイムリー)を入れての「外国人の参政権」に関する論考はさすがです。 >参政権の間接的な形が選挙権であるならば、直接的な形が公務への就任権である。そして我国の場合、地方自治の独立性が低いために、両者ともに国政レベルと地方自治レベルの間に明確な線引きを行うことはできない。< 私もそう思いますが、大阪・宮崎をはじめ知事の多くが地方分権を要求する真意はどうなのでしょう? 大都市にはいいかもしれませんが、地方都市は独自にやっていけますかね? 民主党になり移民を数千万単位で受け入れて、どんな地方都市が誕生するのか、簡単に想像出来ちゃうんですけど?! そもそも、永住外国人の地方自治参政権を主張する人たち(政治家)は、なんでそんなこと一生懸命頑張るんですかね。票としては在日韓国・朝鮮人が多いわけですが、彼らの票の数を計算してのことんですかね。 僕も一人在日韓国人の友人がいます。以前お話したトレーニングジムのコーチ、姜くん、呼び名は『カンちゃん』です。 彼とは屈託なく話しますし飲みに行くこともありますが、彼はそんなことは全然求めていない。自身の結婚問題とかで複雑な心境を相談されたこともありますが、参政権などは国籍的に韓国人を選んでいる以上求めていないです。 民主党は、なぜそれほどにこだわるのか。政策上分が悪い上に、下手すれば政権奪取の負のアキレス腱となりかねない問題をはらんでいるにも関わらず、党としてなぜにそこまで固執するのか。それは票のためだけなのか。それとも彼らなりの譲れぬ思想故か。 そこのところがいまだに理解できないんです。 レイさん 「地方分権を要求する真意」というのは、例えば補助金の基準が全国一律であることの財政的な不効率の是正といった実務論から、価値観の多様化に伴う選択肢の確保といった社会論、民主主義の更なる徹底といったイデオロギー論、地方のことは地方でといった道徳論まで、賛成論の中身は実のところ様々であろうと思います。 また地方都市が独自にやっていけるように、つまり河川管理や空港建設、生活インフラの整備に必要な予算の安定を図るために、道州制の導入が主張されるのであろうと思います。(つづく) 私は地方分権には総論として賛成なのですが、ただ「分権」という言葉が誤導的だなと感じています。これは以前(9月22日)にも書いたのですが、権力というものは10のものを5:5に分割してしまうと弱体化する上に抑制が効かなくなる。 そうではなくて、10の権力に対して10の権力を創出して互いが抑制し合う、例えば司法・行政・立法が互いに対抗手段を有して(立法の作った法律を司法が違憲判決によって取り消すように)互いが抑制することで、権力の弱体化を防ぎながら、同時に権力の暴走を防ぐことが必要であると思います。 したがって地方分権というのは、実は「地方創権」でなければならない、中央官庁から権力の一部を押し頂くような、文字通りの「地方分権」は、かえって日本の国にとって危険であろうと思っています。 ke-go様 永住外国人の地方自治への参政権を主張する人々も、やはりその真意は一つではないだろうと思います。 ご友人のように参政権と国籍はイコールであると考えられている方もいるとは思いますが、やはり戦前の日本の歴史から、日本政府は在日韓国・朝鮮人には特別の配慮を払うべきと考えている人も多いであろうと想像します。 また一方で、国民国家というものがナショナリズムの源泉であるから、国籍による参政権を否定することを通じて、国民国家の解体を目指そうと考える人々(地球市民というアレですね)もいるだろうと思います。 そういう人たちが民主党とその支持基盤には多いのではないでしょうか。民主党右派の人たちも党をまとめていくために、彼ら左派の主張を取入れているのかな、と私は勝手に想像していますが、どうでしょうか。 またそのような主張が政策上分が悪いかどうか、戦後教育にどっぷり浸かった人々は簡単に認めてしまうのではないか、そのような人々は案外に多いのではないか、私はそう悲観しています。 いずれにしても最も喜ぶのは中朝韓の政府でしょうね。 なるほど、やはり旧社会党的な思想があって、民主党右派は党のために(政権のために?)足並みを揃えているわけですね。民主党内では議論されているのでしょうが、まるで永住外国人参政権付与が規定路線のように見えて気持ち悪いです。民主党の中には右派(保守)も相当数いると思うのですが、彼らはこの件に関して何も発言しませんよね。う~ん・・・。
政策上分が悪いかどうかも菱海孫さんの仰る通りかも知れません。ならば自民党の怠慢ですよね。もっともっと民主党の政策の危険性をアピールできるだろうにと思います。マスコミを介在しますからそう簡単ではないかも知れませんが。 |
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