2009年 09月 19日
保守主義者の思違い
e0130549_1411773.jpg「市場原理主義」とは誰の言葉であろうか。少なくとも私がこれまで読んできた本の中には──例えばそれが、A・スミスであるにせよ、F・ハイエクであるにせよ、M・フリードマンであるにせよ──ただの一言半句もこれを見出すことができない。

それでも世に高名な評論家連がこの言葉を書き、賢明なる日本国民の負託を請けた議員連が口にするのだから、この出典を知らないことは私の浅学の結果であるに違いない。しかしながら印象として市場原理主義は便利な俗語として日本人と歩みを共にしてきた感がある。

かつて小泉・竹中改革の頃に反対者たちの怨み節であったその言葉が、福田内閣では生活者への慰撫となり、安倍内閣では保守回帰への宣言となり、リーマン・ショックではグローバリズムへの罵声となり、鳩山論文に至っては国民生活疲弊の根源となった。

こうした一連の経緯が社会主義者たちによって行われ、その結果が今日の民主党政権誕生に繋がっているのであれば話は簡単だが、ここに保守主義者たちも加担していることは、我国の保守主義者たちの思違いと、そのことによる戦後政治の絶望を表している。

我国の場合、保守主義者たちの自由主義者への嫌悪は反米感情に根差しており、その意味で保守主義者は社会主義者と呉越同舟である。しかしながら保守主義者は重要な点を、つまり市場が歴史の産物で、この尊重が保守主義の根幹に適うことを見落としている。

保守主義は歴史ある社会に蓄積された英知は人間ひとりの知性を超えると考える。ならば何故これまで人類が営々と築き上げてきた市場という英知を軽蔑し、浅はかな知性の産物である「設計された社会」へと国家を導く人々と言辞を同じくするのであろうか。

一体に我国の歴史書のどこをどう読めば優しい社会があり、大きな政府があり、生活への保障があったと言えるのだろうか。そこにあるのは何の保証もないからこそ日々額に汗して働く農工商三民と、彼らの子細な統治を町村落の長に委ねた武士団ではなかったか。

それは大きな政府という人知から社会を設計する福祉家たちの夢想よりも、小さな政府という自然知から社会を営む実際家の信念ではなかっただろうか。ならば私たち日本人に蓄積された英知は、人為による経済と市場による経済のどちらに適しているだろうか。

私は保守主義者を自認する人々には国史の正確な理解をお願いしたい。明治よりも以前の世界に飛躍して我が身をそこに置くようなつもりで父祖たちの生活を想像してもらいたい。そして私たち日本人に蓄積された英知がどのような性質のものであるかを考えてもらいたい。

担ぎ屋 1860年代 F.ベアト

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by hishikai | 2009-09-19 14:30 | 憲法・政治哲学


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