2009年 09月 24日
猫可愛がり
e0130549_1105472.jpg猫はすこぶる技巧的で表情に複雑味があり、甘えかゝるにも舐めたり、頬ずりしたり、時にツンとすねてみたりして、緩急自在頗る魅惑的です。しかも誰かそばに一人でもいると、素知らぬ顔をしてすまし返つてゐる。そして愛してくれる対手と二人きりになつた時、はじめて一切を忘れて媚びてくる───媚態の限りを尽くして甘えかゝつてくる、と云った風でなかなか面白い。(谷崎潤一郎/『ねこ』)

氏には氏の趣味があり、人に迷惑をかけない限りそれは良しとせねばならないわけだが、そういった意味では私には私の趣味があるのだから、その方面から勝手を云わせていただければ、上の文章に視られる谷崎潤一郎氏の趣味はいただけない。

「高嶺の花」という言葉があるように、美とはおよそ触るべからざる処に在り、触るべからざるを憧れをもって仰ぎ見る処に在る。してみると美とは憧れの結晶である。それは手に入れてしまえば終わるもので、これは猫という動物の美についても同じである。

その点で猫飼いという人種は往々にして猫可愛がりをするもので「おーヨチヨチ、いい子でちゅねー」などと幼児語を使用するに至っては美を甚だしく毀損した醜態の中の醜態であって、まして一端の男子がこれを行うなどはあるべきでない。

もっとも谷崎氏はそうとまで書いていないので、あまり先回りする必要はないのかも知れないが、仮令そうでも人前では素知らぬ振りをしながら、内々に入ると媚態の限りを尽くすなど破廉恥である。そのような陰日向が氏の美意識を深く退廃させている。

私と黒猫の関係はさにあらず。私が廊下を行くと、彼は簞笥の上に寝に行くのか知らないがともかくも向こうから歩いてくる。そこで二人はすれ違う───刹那「あゝ甘やかしたいvs.甘えたい」という情念が交錯するも、グッと抑えてそのまま何事もなく行き過ぎる。

『黒き猫』菱田春草 1910年(部分拡大)

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by hishikai | 2009-09-24 11:23 | 日常


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