2009年 10月 01日
高尚な趣味
e0130549_11132013.jpg明治二十八年(1895)上田敏は『典雅沈静の美術』の中で「現代の文化には二つの欠点あり。即ち美を愛し学を愛す心盛んならざると、典雅沈静の美術に対する高尚の趣味なき事なり」と述べ、日本人の憶うべき趣味として詩人フォルゴレの『年中行事』を紹介している。

一月は熾なる火、暖かき室、絹布團、皮衣、をりをり外に出でて庭前の娘子と雪投の遊す。二月はむねと遊猟に暮し、三月は漁り網うち、夜は朋友と盃を交はす。四月は春草萌出でて野山美しく、若き男は之に誘はれ、たわやめは鞍に乗りて佛蘭西の時花歌を口吟み、プロヴァンスの舞踏をなして、時には独逸新渡りの楽器を弾き試む。公園の逍遥最もよし。五月は野試合にて騎馬を馳せ違はせ、花の雨をふらして、美しき手より勝者に花環又は橙の葉をとらす、わかうどと、をとめと、道にあひたる挨拶には頬又唇に接吻す。六月は美女美男都會を離れ、近郊の別所に移りて、蔭多かる庭、花園の泉、たえず緑草をうるほすあたりに休らひ、人みな恋の奴なり。七月には、都に帰り、清らなる室にて、絹のすゞしに暑を凌ぐ。八月は野山をかけり、朝狩夕狩、城より城へと山家の谷川などをわたりくらす。九月は鷹狩り。十月も鳥を追ふ。また夜更くる迄うたげするもよし。十一月十二月には冬となりて爐邊のものがたりとなるべし。(フォルゴレ/年中行事『典雅沈静の美術』より)

なるほど、典雅な美術は冬の静謐と夏の歓喜を合わせ持つべきことがよく解る。これほどの趣味を抱けば美を愛し学を愛する心も芽生えるに違いないと納得しきりだが、困ったことに育ちは争えず、私はどうしてもこの詩から小唄『年中行事』を連想してしまう。

初春の年始はかみしものし昆布、如月空や梅香る、雛の祭りは桃桜、鰹テッペンかけたか、ほととぎす、菖蒲刀や川開き、舟で遊びましょう、写し絵花火に紙芝居、アラ、評判、評判、硯洗いや盆踊り、月見、菊の節句や恵比寿講、サー顔見せ、入れ変わりに年の市、サーサ節季候大晦日、やったりとったり、貸餅の、一夜明くれば年始の御祝儀、年玉なげこみ羽根や手まりで、一二三四五六七八九つ子供が集まりて、凧揚げじゃ、さて双六じゃ。(年中行事『本條秀太郎/江戸室内歌曲一』より)

どうですか、好いじゃありませんか。そりゃ、プロヴァンスの踊りやご挨拶のキッスというわけにはいきませんよ、でもね、風情ってもんがありますぜ、そうですとも、こっちだって捨てたもんじゃアない───と嬉しがったのも束の間、一粒の不安が胸をよぎる。

この小唄の作詞者は益田太郎冠者という三井の御曹司、おそらく作詞は彼が留学から帰朝した明治三十二年(1899)以降だ。しかも『典雅沈静の美術』は読んでいるだろうから、すると小唄『年中行事』はフォルゴレの『年中行事』のパロディーかも知れない…か。

『紅葉狩』鈴木春信 18世紀 紅葉狩りも楽しい秋の行楽の一つであった。その昔、紅葉狩りで山に入ると鬼女に出会うと恐れられたが、江戸の頃には「紅葉がり今は遊女がたぶらかし」などと詠われていた。

ブログランキング・にほんブログ村へ

by hishikai | 2009-10-01 11:32 | 文学


<< 『上海バンスキング』      基本的なこと >>