2009年 10月 03日
『上海バンスキング』
e0130549_13403345.jpg明るいシャンデリア 輝く盃 麗しきジャズの音に 踊るは上海リル 今日はあの御方と 明日はあの御方と 悩ましき姿は 私の上海リル いつでも朗らかに見せかける だけどリルおまえは 泣いてるよ 涙をば隠して笑顔で迎える 可愛い 可愛い 私の上海リル(上海リル/訳詞:津田出之 作曲:H.Warren)

『上海バンスキング』の好いところは、私たちの過去にも帰るべき場所のあることを教えて呉れたことである。それは耳なし芳一の墓場の平家屋敷ではなく、歌舞伎十八番の荒唐無稽な享楽でもない。もっとしっかりとした歴史的記憶の桃源郷である。

歴史を道徳で断罪することなく、ありのままの時間を過去へと遡れば自然に辿り着く桃源郷である。それがアジア諸国民の犠牲による悪辣な夢だというのならば、産業革命からの世界史はやり直さなければならず、そんな企ての方がよほど悪辣な夢だと言わねばならない。

アール・デコ様式のクラブ、澱んだ空気と紅い酒、ダンスと一夜の放蕩、朝のアパートメントの白いシーツ、窓から流れ込む風、客船の泊まる港、どこまでも広がる青い空、中国人の馬車、摩天楼に沈む夕日、そしてまたクラブ。

芝居が終わっても、夢の舞台の幕が上がれば桃源郷はいつでもそこにある。たとえ幕切れが失望感と一緒に私たちを現在に戻しても、街に厳然として残る戦前のモダンな建築物たちは私たちがルキアノスのような空想家ではないことを告げている。

そうした歴史的記憶の桃源郷を心に描いて、それを何らかの形で実体化していくことは画一化された価値世界に対するレジスタンスとなる。戦後の白々しい道徳と多数者による民主主義が、私たちの父祖の歴史に有罪判決を下すことへの美意識からの抵抗運動となる。

「光の三原色をあわせれば白色になるわけだが、明るさのことでいえば、スポットライトからカラーフィルターをぬいた方が明るいに決まっている、にもかかわらず三色のフィルターが入っているのは何故か。舞台の上の踊り子の衣装のちょっとしたシワや、影の部分が、かすかに赤や青や黄色ににじむのだ。同じ白色光線でも、この方が華やかに見える。僕たち戦後民主主義の青空は、蛍光灯の明るさだ。なにも、植民地をその経済構造をぬきにノスタルジックに礼讃しているのではない。しかし、僕たちの青春の、あの翳りのない明るさに腹が立つのだ。」(斎藤憐/『昭和のバンスキングたち』)

1934年、黄浦江に架かるガーデンブリッジの畔に完成したアール・デコ様式のブロードウェイマンション。

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by hishikai | 2009-10-03 14:24 | 文化


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