2010年 03月 24日
F.L.ライト『新帝国ホテルと建築家の使命』より
e0130549_12225839.jpg東京広しといえども、日本人であれ、西洋人であれ、建築を理解したつもりで建った建物、あるいは建築と名のつく代物、どちらでもよい。その一つとして真に日本に対する愛を表していると言い得る建物があるか。彼等は何れも、まずい手本を、まずく真似た、まずいまがいものである。(中略)

日本はいわゆる洋館を手際よく造ることを覚えてきた──否、かなり旨くもやった。例えれば、かの三菱銀行の様な──棺桶──日本から遠い遠い何処かの国なら誠にふさわしい建物。これが日本と何の関係があるというのか、──屈辱だ──むしろ笑い草だ。現代日本が、いかに自分の姿を見失っているかを明白に示しているに過ぎぬ。(中略)

真個の進歩を将来する努力には、必ず大法(プリンシパル)なる中軸がある。その大法こそは、研究するに値し、把握するに値するものである。そして一旦把握し得たら、そのほかは誠に刃と迎えて解けるのである。日本の建築界に欠けたるものとは、即ちこの大法の把握である。(中略)

日本はまさに悲惨である。特にかつては美に対する特有の概念と完一性への優れたる天性の完璧があっただけ、それだけ更に悲惨である。今や日本の足下に「渉れ」と妖魔の如く横たわる深淵──世界何れの国民が、かつてかくの如く危険な場合に面接したことがあるか。(中略)

日本がよく、この深淵を渉り得たりとすれば、それは真の日本が自分を見出し、それを発達せしめた時である。日本の「個」の特有なる表現に到達した時である。しかもその「個」は今のままではない。更に普遍性に於いて深まり、広まり、更に自身の精神の力に自覚を持って表れてきた時である。

新帝国ホテルは、この混沌下の日本に対する同情の捧げ物、──日本の古きに負う所の多い一人の芸術家が、報恩の意味で日本の建築界に寄与する捧げ物である。同じく建築にたずさわる日本の諸兄が、これによっていくばくかその個性を発見するの一助となるならばとこい願いつつ。

夕ありき朝ありき。夕と朝との別はただ進歩である。一国の生命にあっては、一世紀はまさに一日である。変化はいかに激しくとも、真の進歩は誠に遅々たるものである。日本にひるがえる旗の日の丸、誰か知る、沈む夕日か、昇る朝日か。(F.L.ライト/『新帝国ホテルと建築家の使命』/訳 遠藤新)

前池に影を落とす帝国ホテル旧館 F.L.ライトの設計により大正十二年に落成した帝国ホテル旧館は、栃木県産の大谷石を壁面の素材として豊富に用いるなど、その国柄を意識した個性的な威容は、まさにナショナルホテルと呼ぶにふさわしい品格を備えていた。

by hishikai | 2010-03-24 12:30 | 文化


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