2010年 06月 09日
福永恭助の『日米戦未来記』
e0130549_12242988.jpg福永恭助の『日米戦未来記』は新潮社の月刊誌『日の出』昭和九年新年号付録。そこでは未来の日米戦が次のように語られる。──海軍を脱走して満州のラヂオ店主に身をやつした元駆逐艦一等水兵、河野剛が得意先で耳にした臨時ニュースは信じられないものであった。

「本日午後四時十五分、米国亜細亜艦隊ヒューストン号がウースン沖停泊中、日本駆逐艦『楢』のために撃沈されました」駆逐艦『楢』は河野の所属していた艦で、艦長は牧栄太郎大尉。牧大尉は日米の戦力差を憂え、早期開戦に持ち込むために独断で挙に出たのだった。

そして米国は宣戦を布告。サンフランシスコ湾には艦艇が続々と集結する。黒人はパナマ運河を爆破し、日系人は巨大飛行船を破壊するが、そうした抵抗運動も彼我の戦力差を覆すことができない。やがて編成された圧倒的な規模の米国艦隊が西太平洋に向けて出航する。

日本でも予備役の招集が慌ただしく行なわれている。その中に、あの河野剛の姿もある。だが陸軍によるフィリピン攻略作戦は難航し、真珠湾で米国艦隊を奇襲した日本潜水艦隊は全滅してしまう。ここに至り、遂に大本営は一大艦隊決戦を覚悟する。

日米両艦隊激突の舞台は小笠原島東方二百海里の洋上。先ず敵勢力の減殺を狙って八隻の巡洋艦を中心とした日本の前衛部隊が攻撃を開始。二時間に及ぶ壮絶な死闘の末に米側は二隻の航空母艦を失い、日本側は六隻の巡洋艦を失う。ここで日没となり砲声は一旦止む。

真っ暗な闇の中を牧艦長の駆逐艦が航行している。と、突然目の前に巨大な船影が現れる。「敵空母だ!」たちまち敵の集中砲火で艦上は修羅場と化す。もう駄目だと思われたその瞬間、河野水兵の発射した魚雷が敵の火薬庫に命中。敵の巨大空母は闇の中で轟沈する。

一夜明けてみると日米の航空兵力は逆転していた。前衛部隊の奮戦と、河野水兵の大手柄によって航空母艦三隻を撃沈したのが効いたのだ。さらには父島から陸軍の爆撃機隊も駆けつけている。このときほど米艦隊は遠征軍の不利を噛み締めたことはなかったであろう。

日本艦隊は周囲に煙幕を張って砲撃を開始する。着弾観測飛行機の報告で面白いように弾が当たり、敵は次々と沈められていく。「降伏を勧告してはどうか?」長官の意志が伝達されると、生き残った米艦船の檣頭に白旗が翻えった──。そして物語は、こう結ばれる。

「河野水兵は…逃亡罪の残りの服役を数ヶ月間、大津の海軍刑務所で送つた。刑務所を出て久し振りに妻の千枝子に会つた時に、千枝子は丁度身二つになつてゐた。祖母に似たのか、眼の大きい女の児が生まれた。二人がその女の児を交わる代わる抱きながら、新占領地のホノルルに向かつて横浜を出帆する秩父丸に乗つたのは、それから半年の後だつた。船の中には戦捷を記念するためにワイキキの公園に建てるといふ、牧大尉の銅像が積まれてあつた」(福永恭助/『日米戦未来記』)

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by hishikai | 2010-06-09 13:33 | 文化


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