2010年 07月 14日
詩の解らないこと
e0130549_1146311.jpg詩が解らない。詩と言っても杜甫とか李白とかのそれではない。石川啄木とか中原中也とかのそれである。杜甫や李白は中国語だからよいとしても、石川啄木や中原中也は日本語で、それでいてさっぱり解らないのだから、不安になる。

詩など解らなくても良い、いや、解らない方が良いとも思う。もしも私に子供があって、それが娘であったとして、それが年頃になって家に結婚したいという男を連れて来たとして、その男の職業が詩人などと言うのなら、詩など解らなくても良いと思う。

それほどまでに詩というものは、きざで、独りよがりで、いけすかないものに思える。しかしきざで、独りよがりで、いけすかないものを懸命に書いている人間がいて、それを幾らかの金銭で買う人間がいるのだから、やはり不安は尽きない。

三島由紀夫は詩人の伊東静雄の作風の『夏花』から『春のいそしぎ』への変貌に浪漫的イロニイを感じると言い、それを受けて橋川文三は、その変貌の姿の中に戦争に青春を過ごした自分ら多くの仲間の群像をうつしてみることができると言う。

「われは叢(くさむら)に投げぬ、熱き身とたゆき手足を。/されど草いきれは/わが体温よりも自足し、/わが脈搏(みゃくうち)は小川の歌を乱しぬ。(後略)」
(伊東静雄/『夏花』より「夏の嘆き」)昭和十五年

「おほいなる 神のふるきみくにに/いまあらた/大いなる戦ひとうたのとき/酣(たけなわ)にして/神讃(かみほ)むる/くにたみの高き諸声(もろごゑ)(後略)」
(伊東静雄/『春のいそしぎ』より「わがうたさへや」)昭和十八年

こうして『夏花』に戦前を過ごし『春のいそしぎ』に戦中を過ごした伊東静雄は、終戦後に軍服で復員してきた友人の来訪をひどく嫌ったいう。同じ人間の中に三つの人生がある。しかしこうして詩を比較してみても、詩を解ったことにはならない。

宵待草(セノオ楽譜)竹久夢二 画 昭和九年「まてど暮らせど来ぬ人を/宵待草のやるせなさ/こよひは月も出ぬさうな」(竹久夢二/『宵待草』)そう、このくらいなら何となく解る。でも、もうちょっと難しいやつが解ると申し分ないのだが。

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by hishikai | 2010-07-14 12:00 | 文化


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