2008年 06月 11日
『ミリンダ王の問い』
e0130549_1142289.jpg今を去ること二千百年の昔、インド大陸の西北ガンダーラからガンジス川支流一帯を治めてバクトリア王国が栄えた。二つの河に挟まれた要衝の地シャーカラを都と定めて、これを望む丘陵に白城を構えて王宮とする。このとき王の名はミリンダ。第四代の王にしてギリシャの人、武勇と学識に優れて並ぶ者なき最上者である。

ある日の夕暮、王は五百の家臣らと共に車を連ねて白城を発し、サンケッヤという寺を訪う。それは先頃一人の尊い仏僧にして長老がここに寄宿したことを王が知ったからである。一行が寺に到着する頃には早や日も暮れて伽藍は暗夜に没し、ただ一条の篝火が出迎える長老と八千の比丘衆の影を敷石に長く揺らめかすばかりである。

王問うて曰く
「尊者よ、あなたは何者ですか」
「大王よ、私はナーガセーナとして知られています。比丘衆は私をナーガセーナと呼んでいます。しかしながら大王よ、これは名前に過ぎず、そこに人格的主体は存在しないのです」
「御参集の各位、五百のギリシャ人と八千の比丘衆よ、これなる人物ナーガセーナは『人格的主体は存在せぬ』などと申しますぞ。はたして是認してよかろうか」
王は向きなおり、再び問う
「尊者よ、もし人格的主体が認められぬとするならば、あなたに資物を寄進する者は誰ですか。それを受取る者は誰ですか。修行に励む者は誰ですか。尊者よ、もしそうであるならば、あなたを殺す者に殺人の罪はないのです。尊者よ、『ナーガセーナ』と呼ばれるものは何ですか。あなたの頭髪がナーガセーナなのですか」
「大王よ、そうではありませぬ」
「尊者よ、ではあなたの爪が、歯が、皮膚が、肉が、筋が、骨が、骨髄が、心臓が、汗が、脂肪が、涙が、唾液が、鼻汁が、小便が、頭蓋の中の脳髄がナーガセーナなのですか」
「大王よ、そうではありませぬ」
「そうではなくてと、では尊者よ、様態、感受、知覚、表象、認識の総体がナーガセーナなのですか」
「大王よ、そうではありませぬ」
「尊者よ、私はあなたに問いを重ねつつ、ナーガセーナの何たるかをいっかな合点できませぬ。ナーガセーナとは単なる名辞に尽きるのか。それにしてもこの際ナーガセーナとは何者か。尊者よ、あなたは事実無根の虚言をなされますぞ。『ナーガセーナは存在せぬ』などと」
ナーガセーナ問うて曰く
「大王よ、もしやあなたが車でおいでになりましたのなら、それがしに車の何たるかを述べて下さいませ。大王よ、轅が車でしょうか」
「いや、尊者よ、そうではありませぬ」
「大王よ、では車軸が、車輪が、車室が、車台が、軛が、軛綱が、鞭打ち棒が車なのですか」
「いや、尊者よ、そうではありませぬ」
「そうではなくてと、ではそれら各部分とは別に車があるというわけですか」
「いや、尊者よ、そうではありませぬ」
「大王よ、私はあなたに問いを重ねつつ、車の何たるかをいっかな合点できませぬ。車とは単なる名辞に尽きるのか。それにしてもこの際車とは何たるか。大王よ、あなたは事実無根の虚言をなされますぞ。『車は存在せぬ』などと」
「御参集の各位、五百のギリシャ人と八千の比丘衆よ、これなる人物ミリンダ王は『車は存在せぬ』などと申しますぞ。はたして是認してよかろうか」
「尊者よ、それがしはうそ偽りをしゃべってはおりませぬ。車とは轅、車軸、車輪、車室、車台に依存して、名のみのものとして成立するのでございます」
「よくこそ申された、大王よ、あなたは車の何たるかをお解りでいらっしゃる。それと全く同様でございます。大王よ、それがしにつきましても『ナーガセーナ』とは頭髪、爪、歯、皮膚、肉、筋などの各部位に依存し、様態、感受、知覚、表象、認識に依存して、名のみのものとして成立する一方で『人格的主体は存在せぬ』という次第であります」

『ミリンダ王の問い』(那先比丘経)より
参考文献:ミリンダ王/森祖道・浪花宣明 三島由紀夫が復活する/小室直樹

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by hishikai | 2008-06-11 11:33 | 資料


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