2008年 07月 08日
「蝶」
e0130549_195571.jpg人の魂が何かに依り憑いて漂うのは夏の趣である。だが蝶となると例えば越中立山の地獄道にある追分地蔵堂で七月十五日に無数の蝶が乱舞するのを「生霊市」と呼んだように、あるいはかつて千葉県の上総地方で蝶を「ぢごくてふてふ」と呼んだように、そこに一種奇怪な動揺が付き纏う。

だがこれが我国の人の土着の感性かといえば、万葉集や古今和歌集に蝶を題材とした和歌が一首もないという岩下均氏の主張が事実ならば、そうではないということになる。蝶を題材としたものは大伴宿禰池主になる漢文を嚆矢として懐風藻や文華秀麗集に散見されるというから、古く蝶は漢詩の題材であったようだ。

この漢詩の美意識が『栄花物語』の法成寺御堂供養の記述にあるように、龍頭鷁首の船上で管弦を奏して迦陵頻と胡蝶楽を舞うという雅楽の美意識を契機として「たゞ極楽もかくこそは」と夢みる王朝人の浄土信仰に重ねられて行った結果、蝶が儚い生と時間の体現者と看做されたのであろう。

このような情景は『源氏物語』の胡蝶の巻にも描かれていて、王朝人の蝶に対する美意識の典型と考えられる一方で、これが冒頭に揚げた奇怪な動揺と異なる印象もあるが、よく両者を重ね合わせて見れば、やはりそこには祖霊を「みたま」として祀った古代とは異なる、漢詩と仏教の輸入で妖しく歪んだ死生観が共通してある。

してみると例えば蛍のそれとは異なり、私達が蝶を精霊の依り代や何かの兆し、あるいは神冥界からの使いと見るときに心の底に蠢く奇怪な動揺は、日本人が辿ってきた文化輸入の足跡を私達が古層で思い出している現れであるとも言えそうである。

そのような事を考えながら、ある蒸し暑い晩にもつ焼き屋で酒を呑んでいたら、開け放った窓から一匹の揚羽蝶が入って来た。それはあたかも尋ね人を探すように、天井に近い空中を場末には勿体ないほどの華やかな羽を広げてふわふわと飛んでいたが、やがて誰かが「帰ってきたな」と呟くとそれを聞き届けたように、もと来た窓から闇の中へと飛び去って行った。

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by hishikai | 2008-07-08 16:56 | 文化


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