2008年 08月 04日
英国保守主義からの反論
e0130549_12334250.jpgフランスの憲法制定議会が「人権及び市民権の宣言」を高らかに謳い揚げた翌年の1790年、英国の政治家E・バークはパリに住む友人に宛て一通の書簡を発送した。その中でバークは、フランス革命の指導者達が抱く国家観について次のような警告を発している。

「完全な民主主義はこの世で最も厚顔無恥な代物です。そして最も厚顔故に、最も恐れ知らずな代物です。個々人は誰一人として自分が処罰対象になることを懸念しません。疑いもなく民衆全体は処罰の対象となり得ません。そもそも全ての処罰が民衆全体を保護するための見せしめである以上は、民衆は如何なる人間の手によっても処罰の対象とはなり得ないからです。ですから民衆に対しては(国王に対してもそうであるように)彼らの意思が善悪を決定するかのような想像をさせないことが、この上もなく重要です」

主権者を自認する民衆が事案に決定を下すとき、それが事の推移によって不本意な結果に終わったとしても、民衆はその数の多さ故に責任への自覚が散漫であるが、一方でその決定は彼らを始め彼らに続く世代をも確実に拘束する。だが彼らはこれを恥じ自らを処することがないために、場当たり的な決定は止むことがない。これが国民主権という夢想のもたらす弊害であるとバークは考えたのだ。

では国家は統治上の主権の所在を何処に求めれば良いのか。バークは「彼らの意思が善悪を決定するかのような想像をさせないことが、この上もなく重要」と述べ、またそれは「国王に対してもそうであるように」とも述べている。

つまり善悪という長い時間の中で鍛え抜かれた歴史的慣習と、これを原理として構築された国家の根本原則を、誰かの意思で決定し或いは覆すことが出来るとする「主権」という考え方そのものが、その所在が国王であるか民衆であるかという議論以前に、統治に於いては不要であり有害だと述べているのである。

英国はコモン・ローの国である。王位の継承とコモン・ローにある臣民の自由を一対不可分なものとして、親から子へ、子から孫へと、財産を相続するかのように世襲していくことを定めた国で、ここに統治上の主権は存在しない。

現在私達日本人が当り前のように信じている国民主権は、憲法思想の中の一潮流であるに過ぎない。英国では1628年に貴族院が国王に主権を付与すべきと提案したときも庶民院がこれに反対し、T・ホッブスが主権を理論化し導入しようとした時にもE・コークやM・ヘイルなどの法律家らによって排除されている。遂に主権概念はドーバー海峡を越えなかったのだ。そしてこの主権なき政体は、英国の思想的後継である米国へと引き継がれていくこととなる。

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by hishikai | 2008-08-04 12:46 | 憲法・政治哲学


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