2008年 08月 15日
天籟
e0130549_10112319.jpg終戦の日、詩人の伊東静雄は日記に書いている。「ラヂオで『降伏』であることを知った瞬間茫然自失、後頭部から胸部にかけてしびれるような硬直。そして涙があふれた。先日の露国侵入の報知を聞いた時、国民は絶望を、歯をくいしばった心持ちでふみこらえていたのであった」

現在では終戦の日の回想を「戦争が終わった。これで生きていられると思った」という言葉で語る人を、殊にジャーナリズムは多く取り上げるようであるが「歯をくいしばった心持ちでふみこらえていた」人々が突然に生命への安堵を抱いたと言うのは作為的である。

人が覚悟を決め、その覚悟が砕け散ったとき安堵するのならば、その覚悟は偽物である。「歯をくいしばった心持ちでふみこらえていた」人々の覚悟が、日本国民全ての生命により日本民族を死の栄光の裡に保存しようとする本土決戦で、それが真正であるならば、八月十五日にあったのは深い茫然自失でなければならない。

『荘子』に「天籟(てんらい)を聞く」という言葉がある。地上のざわめきは風がなくては生まれない。風に音がないとすれば、風を用いて音を生む存在、眼に見えず、耳に聞こえぬ存在がなければならない。それが天籟で、それを聞くのは真理に接することである。だがそのとき人の身は枯木の如く、心は死灰の如くであるという。

桶谷秀昭は著書『昭和精神史』で八月十五日の日本人の茫然自失は天籟を聞いた者の姿であったと書いている。あの茫然自失は、本土決戦が砕け散った瞬間の中に天籟を聞いたところに発していて、それは人が抗い難い運命という、巨大な自然の前に為す術もなく佇む姿であったのだという。

日本人が米国と戦ったことは歴史の事実である。しかしあの四年間、日本人は「敵」というものをはっきりと見据えていただろうか。孤島に戦って玉砕した兵士も、特攻機で散華した特攻隊員も、銃後で働いた一般国民も、確かに眼前に見ていたのは米兵で、米艦隊で、鬼畜米英だったかもしれないが、それらを形づくっていたのは、日清日露の両戦役以来、波濤の如く国に押し寄せる運命ではなかったか。

私達が敗戦を終戦と言い、原爆で殺されたことを原爆で亡くなったと言い、特攻隊員の遺書に家族への慰めの言葉はあっても敵への憎しみの言葉を見い出すことが少なく、彼らの死を焼けて飛び散った肉体の現実よりも、赤い南洋の空に特攻機がふっと消えて逝く光景で想うのも、全てはどうすることもできない運命と戦ってきたという、日本人の内面の記憶の証しではないだろうか。

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by hishikai | 2008-08-15 10:28 | 大東亜戦争


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