2008年 08月 25日
戦闘者の武士道
e0130549_118080.jpg『葉隠』に「野村源左衛門の切腹のこと」という話がある。ここに登場する野村源左衛門は、今日私達が想い描く武士とは毛色が異なり、芸事が上手く博奕が強く廓遊びが好きで、切腹の前に本人が語ったところによれば、虫の居所が良くない時には辻切りをはたらき、博奕の最中に泣止まぬ他人の子供を殺してもいる。

また切腹に臨んで臆するところがなく、自分の好きなように切らせねば七代までも呪うと介錯人に悪態をつき、辞世の句も体裁を整えず、内容は彼の放蕩をなじったであろう、自身の伯父を痛罵するものである。私達が現在の価値観でそれらを審判するならば、野村源左衛門は確かに悪人である。

だが『葉隠』にはこのような人間が多く登場する。罪人を続けざまに十人斬る者、処刑者の首を貰い受けて自宅に吊るし槍の稽古をする者、囲碁の最中に助言されて突如斬り付ける者、口論に負けたと噂が立った為に相手の家に斬り込む者、美少年に懸想する者、いずれもが殺伐と放埒の気に満ち、いずれもが実話である。

そして彼らこそは、中世から戦国の世を経て江戸期初頭の元禄に残った、戦闘者の武士道を受継ぐ最後の者達である。人間の命などは何とも思っていない。「武士道と言ふは死ぬ事と見付けたり」という『葉隠』の有名な冒頭は、それが過激である為に生存の逆説と解釈されがちであるが、実のところ彼らの偽らざる実感である。

戦闘者の武士道ということについて、折口信夫に次の言葉がある。「武士道は、此を歴史的に眺めるのには、二つに分けて考へねばならぬ。素行以後のものは、士道であつて、其以前のものは、前にも言うた野ぶし・山ぶしに系統を持つ、ごろつき道徳である」(ごろつきの話 「士道」と「武士道」と/折口信夫)

山鹿素行の『山鹿語類』や大道寺友山の『武道初心集』にある精神は、統治者の士道であっても、戦闘者の武士道ではない。それらは武士道を儒教道徳で説明し直すことで、ごろつきから士大夫への転向を目指した作法である。やがて明治になって発表される新渡戸稲造の『武士道』に到っては、それらいずれにも属さぬ新しい思想であるとは津田左右吉の指摘である。

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by hishikai | 2008-08-25 01:36 | 文化


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