2008年 11月 18日
「被告人は立ちなさい」 裁判長の声が響き渡ると、一人の老婆がふるえながら出てきて前の冊にもたれ掛かる。穴のあいたぼろ布をまとっている。血の気のない、日焼けした、しわだらけの顔をしている。パリ・コミューンの騒乱に乗じた石油放火犯の女達が腰掛けている席の辺りがざわついている。 「名前は」 「メリジューヌです」 「年は」 「いくつだか、もうわかりません」 「職業は」 「妖精です」 傍聴人も、弁護人も、政府委員も、皆が一斉に笑う。しかしメリジューヌは、落着いて言葉を継ぐ。 「フランスの妖精はみんな死んでしまいました。私が最後です。妖精はこの国の詩であり、純真さでした。妖精達がいた頃のフランスは美しかった。泉の石、古いお城のやぐら、池の霧の中には私達がいて、何か不思議な力が立ちこめていました。人々は信仰を守り、私達は信仰の中に生きていました。 けれども時代が進んで鉄道が敷かれると、池は埋め立てられ、森は切り拓かれ、私達は居るところを失いました。人々は信仰を棄て、私達は生きるすべを失いました。しばらくの間は、枯木の束を引き摺ったり、落ち穂拾いをしていましたが、やがてみんな死んでしまいました。そしてフランスは報いを受けたのです。 皆さん、どうぞお笑いなさい。でも私は妖精のいなくなった国がどんなものか、この眼で見てきたんです。満腹の腹を抱えて、人をあざけり笑っている人々が、プロシア兵にパンを売って、道まで教えてやるのを見てきたんです。そう、人々は妖精を信じなくなったけれども、それより祖国を信じなくなったんです。 もし私達がいたならプロシア兵を一人として生きて還えさなかった。魔物を遣って彼らを追い立て、その逃げ込んだ森の中の刺草をもつれさせて混乱させることができたのに。戦場で死にかけているフランス兵の、半ば閉じられた目に屈み込んで、故郷の懐かしい景色や人々を思い出させてあげられたのに。聖なる戦いはこうやってしなければならないのに。だけど妖精を信じなくなり、妖精のいなくなった国では、こういう戦いはできないんです」 ここで彼女の声はしばらく途切れ、裁判長が質問する。 「これまであなたの言ったことは、あなたが捕まったときに持っていた石油で、何をしようとしたかには触れていないようだが」 「私があの石油でパリに火をつけたんです。パリが嫌いですから。パリは何でも笑い者にするし、私達を殺したのもパリですから。私はあなた方のパリが燃えるのを見て嬉しかった。そうですとも、放火した女達の缶に石油をなみなみと入れたのは私です。そしてこう言ってあげたんです。『さあ、なにもかも燃しておしまい⋯』って」 傍聴席から浴びせられる罵声の中、裁判長が言う。 「連れていくんだ」
by hishikai
| 2008-11-18 18:23
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