2009年 01月 10日
ビンタ
e0130549_1932695.jpg昔の先生はよくビンタをした。当時は親が掛合いに来ることもなく、生徒にしてもいけないことをすればビンタが飛んで来るのは当然だと思っていた。問題はそれが反省へと繋がるかどうかだが、私の場合、そこがいまひとつ繋がらなかったらしい。私の中学校生活の思い出は、いつもビンタと一緒にある。

あれは中学一年の寒い冬の夕方だった。私は級友と二人で放課後の教室に残り喋っていた。寒いので紙屑を丸めて燃やし、机の上で焚き火をしていた。すると突然教室のドアが開いて英語の鳥海先生が入ってこられ、机の上の火を叩き消すと、その振り向きざまで私に十連発のビンタを下された。

あれは中学二年の暖かい春の朝だった。私が遅刻をして校門の手前まで来ると、技術の佐々木先生が立っていた。まだ私のことに気付かれていない様子だった。私は咄嗟に隣の聾唖学校のグランドに飛び込み、姿勢を屈めて走り出した。そのグランドは我が校のグランドに金網一枚で隣接し、一段低くなっていたのだ。

姿勢を屈めて走る私の鼻先を萌えだした若草のよい匂いが通り過ぎた。聾唖学校のグランドの端まで来ると、そこは校舎に遮られて校門からは見えなくなっている。私がそこから我が校に戻ろうとして顔を上げると、金網の向こうに佐々木先生が腕組みをして立っていた。後は足腰が立たなくなるまでビンタをして下さった。

あれは中学三年の夏休みに入る前の日だった。その日は午後から全校をあげての大掃除だった。そのとき私は級友たち数人とグランドでサッカーをしていた。私は海水パンツに運動靴で、首にタオルを巻いていた。ふと見るとグランドの端に美術の長房先生が立っていた。「よおし、全員ここへ来て列べ」

私達が整列を終えると先生は、目をつぶれと仰った。私達の中でも気の弱い西田君が「先生、それは勘弁して下さい」と言ったが早いか「ふざけるな!馬鹿者!」の怒声と共に西田君がぶっ倒れた。後は端から順番だった。中でも私は海水パンツ一丁だったので鄭重なビンタを頂いたと思うが、その後の記憶がない。

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by hishikai | 2009-01-10 19:37 | 日常


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