2009年 01月 22日
かなり最近まで私は日本酒一辺倒だった。どんなに暑い日でも、熱カンに限ると固く信じていた。夏の夕方、縁側に小さな飯台を出し、だんだん暗くなって行く庭を眺めながら、サルマタ一枚でぬれ手拭いを肩にかけ、汗をふきふき熱い日本酒を飲むのは、もっとも好むところだった。(洋酒転向由来/古谷綱正) 日本酒党はそもそも執念深い人々で、生ビールや酎ハイで盛上がる酒場でも、独りカウンターに黙然と肘を衝き、ふちの紅くなった眼で虚空をじっと睨み据えながら、紅旗征戎非吾事といった風情で唯ひたすらに飲んでいる。ああいうのは飽きないのかなとも思うが、本人にとっては堪えられない極楽らしい。 或いは猪口で飲むから口を迎えに遣る。或いは酒が喉を通過した後にチッと舌を鳴らして、ウーッと低く唸る。ああいったこと一体が、うらびれて映る。周りの人々が丈の高いグラスを口に運ぶために背筋が伸びている中では尚さらで、隣に居合わせる私までが切ない気分になる。 序ながら日本酒の味覚にも戸惑う。と、いうよりも味の伝わり方が釈然としない。口に含み、舌に乗せた刹那、味の感知までに一瞬「間」があるような気がする。あれが判らない。例えばワインやウィスキーは、舌に乗せた瞬間にパッと最初のシグナルが来るが、日本酒のシグナルは一拍遅れる。 こういったことは音楽もそうで、例えば「東京音頭」という曲がある。あれはイントロが、チャチャラカチャンチャカときて、一旦、四分休符が入ってから「踊りお〜どるなぁ〜ら」となる。つまりイントロの後「(ウン)踊りお〜どるなぁ〜ら」と歌い出すのだ。あれが判らない。私はどうしても(ウン)を待てない。 これは「炭坑節」も然り。多分その他の音頭や民謡にも多いと思う。小唄でも最初に三味線の棹を軽く叩いてから始める曲がある。こうしたように最初をふわっと抜いてから動作を始めるのが、日本人の好みに合う。日本酒もその延長線上にあり、私もこれを理解したいのだが、今からでは遅いのかも知れない。
by hishikai
| 2009-01-22 02:41
| 日常
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