2009年 02月 26日
林八郎
e0130549_13183280.jpgようやくあたりが明るくなってきた。もう六時頃かも知れぬ。私たちはその後、日本間の廊下付近で警戒にあたっていたが、そこへ林少尉がやってきた。するとその背後から警官が近づいてきた。私はどうするのかと見ていると警官がいきなり林少尉に飛びつき羽がい締めをかけた。少尉は不意の攻撃に面喰らい懸命に振りほどこうともがいたが、警官の体は一向に離れる様子が見えない。

少尉は顔を青くしてワメいたが数秒沈黙した後背負投げを打った。技は見事に決まり、警官の体がドウと前にノメリ一本決まったかと思った時、警官はスックと立上がった。相手もその道の達人のようだ。すると林少尉は間一髪軍刀でバサッと袈裟切りを浴びせ一刀の下に斬倒した。まことに見事な腕前であった。(二・二六事件と郷土兵/埼玉県史刊行協力会)

昭和十一年二月二十七日、積雪曇天の朝、歩兵第一聯隊所属の将兵約三百名が麹町区永田町の総理大臣官邸を襲撃。上述は機関銃隊に所属していた兵士の回想で、警官は土井清松巡査、少尉は林八郎少尉。この日の襲撃により秘書官一名と警官四名が殉職されている。

林八郎少尉は上海事変で戦死された林大八陸軍少将の次男。事件後に同期の小林少尉が、代々木の陸軍衛戍刑務所に林を訪れている。金網もなく看守もいない小さな面会所で二人は相対し、そのまま長い沈黙があり、やがて林が「小林、魁だよ」と呟く。この日の面会、二十分はこの一言だけであった。

不変の盟

鬼となり 神になるともすめろぎに つくす心のたゞ一筋に
すめろぎの 隈なき光みつれやと たぎる血汐に道しるべせん

林八郎 大正三年九月五日生。東京府立第四中学校、仙台陸軍幼年学校を経て、昭和十年陸軍士官学校卒業。第四十七期。同年十月少尉任官。昭和十一年七月十二日、陸軍衛戍刑務所にて刑死。罪名、叛乱罪。享年二十三歳。

ブログランキング・にほんブログ村へ

by hishikai | 2009-02-26 13:26 | 昭和維新


<< 『逝きし世の面影』の読み方      戦後日本人の自画像 >>