2009年 03月 20日
平曲
e0130549_13243412.jpg平曲というものがある。それは何といって、要するに耳無し法一が何処ぞの大きな屋敷と思って、実は平氏一門の墓所で弾き語っていたあれで、今日その印象を一言で云えば「死者の声」である。それは確かに音楽に違いないが、現代人の思い浮べる音楽が西洋文明の産物で、それが光であるとすれば、平曲は影である。

時に地を這うような低い声で吟じたかと思えば、時に天空を浮遊する如くに高い声で吟じる。そうかと思えば突如として平易な調子で、昨日の出来事を語り聞かせる如くに話し出す。その歌唱は懸命に生きる人の有様を、草叢の蔭からじっと耳を澄まして観察していた盲人が、誰かにその有様を教えようとする伝聞に聴こえる。

歌唱がひとしきり済むと琵琶が奏でられる。それは単純で、今日私達の云う演奏の語に値しない。演奏が静寂を音で埋めてゆく作業であるとすれば、琵琶の奏では音で静寂を確認してゆく作業である。それは僧が読経の合間に叩く鐘の余韻が、やがて消え逝く刹那に人がはっと周囲の静寂に気付く、あの感慨に等しい。

そうした歌唱と演奏で語られるのは『平家物語』で、他にはない。そして、これを伝えてきたのは琵琶法師と呼ばれた人々で、彼らは唯ひたすらに口から伝えて耳で覚え、風の吹く日も吹かぬ日も、ある時は貴人の屋敷に招かれ、ある時は陋屋の門に立ってこれを語ってきた。『徒然草』はその最初の人を生仏という名で伝えている。

私も以前に第一人者である今井検校勉氏が東下されて一段を聞かせるというので、確か国立劇場に出掛けたことがあった。その時は清元節との抱き合せで、贔屓の清元節を熱心に聴いていた連中が、いざ今井氏の出番になると忽ちに私語を始めるという有様で、あの時ほど東京人の馬鹿さ加減を思い知ったことはなかった。

それ以来、私は部屋の雨戸を閉切った暗闇で独り平曲のCDを聴く。そして暗黒を見詰めて死者を待つ。やがて微かな金色の光が射すと、その中に冠直衣の貴人や、威しも鮮やかな甲冑武者が現れて、今はもう届かない過去を有々と再現してくれる。そこでは昔の風に昔の木の葉が揺れている。昔の花が爛漫と咲き誇っている。

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by hishikai | 2009-03-20 14:00 | 文化


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