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2008年 02月 27日
白描女絵
e0130549_21161033.jpg白描女絵というものがある。鎌倉時代末期から室町時代にかけて流行した物語絵の一種であるが、女子の手すさびに描かれたためか、またその制作経緯や内容に不明な点が多いためか、ともかく今日にいたるまで取り立てて評価を与えられずにあるように思う。

墨色のみによる白描画は、それより以前の平安末期から写経の下絵として、或いは似絵の公卿図や歌仙絵として存在しているのであるが、物語絵としての白描画というものは、定家の明月記に『更科日記』を右京大夫尼がとくに墨絵で描いたとあるのが知られるのみで、これが今日にまで伝わっていないので、その様式が不明なままである。

このような事情で鎌倉末期の『隆房卿艶詞絵巻』の出現は、白描女絵という様式が突然、それも名も知られぬ一個の天才によって虚空から掴み出されてきたかのような印象を現在の私達に与える。それほどまで藤原隆房と小督局の悲恋を描いたこの作品は出色の出来なのだ。

特にその第一段は桜の花咲く春の月夜を前景として、寝殿造りの邸内で柱にもたれ掛かる一人の貴公子と、やや離れて座る二人の盛装の女を描き、その濡れたように重く流れる黒髪に落花が白く点々と散りかかる有様は墨色のみによる精緻な構成の内に、永遠に続くかと思われる澄みきった静寂を描き出すことに成功している。

これにやや後れて現われるのが『豊明絵草子』である。実はこの物語の題名は不明で、詞書の冒頭「豊明のよなよなは」から仮に『豊明絵草子』と呼ばれているに過ぎない。この内容は人生の無常を深く想う一人の貴公子が、極楽往生を求めて変転する運命に生きるという、如何にも中世的なものとなっている。

御多分に漏れずこのような話は、富貴の生活を送り貧窮の悩みも卑賤の醜さも知らず、人への憐れみも知らない貴公子が突如として襲い来る非運の中で出家剃髪し念仏三昧の末、阿弥陀の来迎に随喜しながら息絶えるというお定まりものであるが、諸行無常にもマルクス階級史観にも興味のない私のような不届きものは、この富貴の生活が描かれる耽美を最も上位に考えるのである。

『豊明絵草子』は前述の『隆房卿艶詞絵巻』に比較して邸内の調度品に繊細な紋様が加えられ、なおかつ目の表現も一線に点描を加えて愛らしい表情となり、それが全体に工芸的な美観と濃密な雰囲気を醸し出している。とはいえ硬い形式主義に堕することなく、溝引によるであろう御簾の平行線は奇跡的なまでに細かく、それがわずかな風にそよぐ有様は胸を掻きむしられるような風情である。

これと同じ頃の制作と思われるのが『枕草子絵巻』である。こちらは内容がご存知枕草子であるために、更に豪華な宮中の調度品と居並ぶ公卿殿上人と女房たちを描かねばならず、空間の取り方やレイアウトが非常に難しいのではないかと想像されるのであるが、この作者の構成力は驚嘆に値するほどに正確である。また調度品の紋様、服飾の重なり方、黒髪の流麗な流れも洗練されており、おそらくこの作品が白描女絵の最高峰にあるのではないかと思われる。

by hishikai | 2008-02-27 21:25 | 文化