2008年 07月 22日 ( 1 )

2008年 07月 22日
anowl様
anowl様 コメントありがとうございます。私も文字数が多すぎてコメントを弾かれましたので、こちらに書くことにします。

ご指摘のように引用した日記には(A)当時の強い公権力への批判と(B)弱い国民への批判が述べられており、更に(A)には(1)諸事全般に対する徒な公権力の介入は非文明的である(2)天皇は神ではないのだから民間の静粛を強要すべきではない、という二つの内容が含まれていると思います。

(1)は『私の個人主義』に同主旨の主張があり(2)は『日記』の同年六月十日の項に「皇室は神の集合にあらず。近づきやすく親しみやすくして我らの同情に訴えて敬愛の念を得らるべし」という記述があり、各々が裏付けられると思います。ただし(1)が公権力側の方針に主な原因があるのに対し(2)はその原因の半分に明治以前からの庶民の土俗的信仰習慣の問題(この場合は庶民の側からの自発的な天皇信仰)があると思います。そして、これもご指摘のように漱石は認めていたと思います。

しかし今回引用の日記には(1)における被統治者側の問題として(B)へと繋がる記述があるのに対して(2)における被統治者側の問題として自発的な天皇信仰についての記述がないという点に、認めていながら書かないという漱石の態度があり、ここにアジア的近代に対する漱石の絶望があると私が感じました為に、今回掲載の文章になったという次第です。

私としましてもanowl様のご指摘は大筋で妥当だと思いますが、敢て差異を揚げれば、anowl様が(1)から(B)のラインに日米開戦と戦後民主主義を見ておられますのに対して、私が(2)から土俗的信仰習慣のラインに日米開戦と戦後民主主義を見ているという点にあるのかも知れません。

by hishikai | 2008-07-22 09:50 | 憲法・政治哲学