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2008年 09月 30日
ローマの休日
e0130549_1537870.jpg映画『ローマの休日』はなぜ人々の記憶に永く残る作品となったのだろうか。W・ワイラー監督の手腕、脚本の面白さ。様々なことが考えられるが、やはり印象に鮮やかなのは主演のオードリー・ヘプバーンとグレゴリー・ペックの爽やかな演技だった。だがこの映画にはもうひとつ大切な仕掛けがある。それはローマから始まる。

ローマにはカソリック教会の都と古代の都の二つの顔があり『ローマの休日』では古代の都ローマが背景として選ばれた。それはあの明るい白黒で描かれた町並み、コロッセウム、真実の口、喧噪と雑踏の中で自由に暮す人々の陽気さだった。

いまここで世界史の年表を眺めれば、ローマの遺産はまずヨーロッパに受継がれ、やがてメイフラワー号で新大陸アメリカにもたらされるのだが、これを文明史として眺めれば事情は異なる。実はヨーロッパ人が受継いだのは、ローマ帝国千年の歴史のうち最後の百六十年間に存在した、キリスト教を公認したローマ文明なのだ。

そのためヨーロッパ人は法の権威を神やキリストという絶対者に求めたが、古代ローマ人は法の権威を「建国の精神」に求めた。それは荒れ地を開拓して麦を播き、やがて収穫の季節に青々とした麦の穂を見渡すときの誇りだった。そして後世の歴史にもう一つ「建国の精神」を法の権威とした国があった。アメリカである。

アメリカ建国の父という言い方がすでにローマ的だが、その建国の父達は18世紀も後半の世界にあって、絶対者が法の権威に相応しいとは考えなかった。その判断の正しさはロベス・ピエールの主宰した最高存在の滑稽と、それに続くフランス革命の崩壊を歴史の陰影として後世の私達に教えている。

その信念がアメリカ人をローマに匹敵しようとする努力へ向かわせた。第二代大統領J・アダムズは夜になると部屋に閉じこもりキケロの演説を大声で朗読し、独立宣言の起草者T・ジェファーソンはバージニア州議事堂の設計をローマ神殿メゾン・カレに倣った。彼らは新しいアメリカこそ古いローマの正統な子孫だと信じた。

かくしてアメリカ人記者ジョー・ブラッドレーとプリンセス・アンはローマで出逢い、たった一日の自由を謳歌し、許されない運命ゆえに別れた。それはローマから派生した二つの文明がその原点で出逢い、恋に堕ちながらも再び別の道を選んだという文明のロマンスでもあった。ローマ・アメリカ・ヨーロッパ。この三角形の仕掛けが『ローマの休日』に甘美なだけではない深い奥行を与えている。

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by hishikai | 2008-09-30 15:57 | 文化