2009年 01月 27日 ( 1 )

2009年 01月 27日
休日の散策
e0130549_1519140.jpg有楽町に着いたのは昼の十一時を過ぎた頃だった。裏通りをぶらぶらと歩いていたら、高架下の薄暗がりに紅い電燈をぼんやりと光らせた居酒屋があった。入って、麦焼酎のお湯割りを三杯、おでんに芥子を多く塗ったのを肴にして飲んだ。涙が出た。

店を出て、暗い裏通りから明るい表通りの方角を見ると、視界を縦に三分割して左右の両側を差し迫った黒い雑居ビルのシルエットが覆い、中央の一分割の向う側に有楽町マリオンの白い姿が眩しく見えた。その入口の上には、映画「チェ28歳の革命」の看板が、雑多な色彩を集めて架かっていた。

国家の規模と、その運命に大小はない。そういう本能でゲバラと日本人とは地続きになっている。後発国の近代は、思想の左右を問うことなく、常に追詰められた本能を懐胎している。かつて芥川龍之介が「君は僕等の東洋が生んだ 草花の匂のする電気機関車だ」とレーニンを書いたことにも、それは宿っている。

あるいは欧州で過渡的な折衷だった立憲君主制が、大日本帝国憲法で国体という絶対を抱き、また英米で相対的な統治制度だった民主主義が、戦後憲法で平和主義という絶対を抱く。このように我国では、常に欧米の原作と異なる切迫した観念が模索され、それが中心教義に据えられるのは、やはり圧せられる側の本能に因るのか。

映画を観た後、そんなことを思いながら銀座の雑踏の中を歩いた。ビールが飲みたくなったので、ライオンビアホールへ行くことにした。入って、ギネス1パイントを四杯、塩えんどう豆を肴にして飲んだ。いつもなら、隣は火消半纏の粋なご老人連の常席だが、今日はいらっしゃらないようだった。

そうしているうちに、魚介を食べたくなったので、ビアホールを出て新橋に向けて歩いた。途中、豊岩稲荷にお参りをして、金春通りから新橋駅を越えて烏森に至った。知っている店がないので、大体の見当で暖簾をくぐった。入って、高知の酔鯨を五杯、貝の刺身を肴にして飲んだ。そこで、記憶が終わった。

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by hishikai | 2009-01-27 15:53 | 日常