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2009年 05月 13日
福沢諭吉の「独立」
e0130549_1328176.jpg外国に対して我国を守らんには、自由独立の気風を全国に充満せしめ、国中の人々貴賤上下の別なく、その国を自分の身の上に引受け、智者も愚者も目くらも目あきも、各々その国人たるの分を尽くさざるべからず。(中略)国のためには財を失うのみならず、一命をも抛って惜しむに足らず。(学問のすゝめ/福沢諭吉)

福沢諭吉の面目躍如たる一文である。彼の学問は知識のための学問ではなく、どこまでも国の独立を願う啓蒙の学問であった。それには先ず国民一人一人がその内心に独立の気風を養わねばならぬというのが彼の主張で、そのことは「一身独立して一国独立する」という第三編の表題にもよく表れている。

若い頃の福沢は蕎麦を食べても無一文のため着ていた襦袢を置いてくるほどだったが、それでも常に本を持ち歩き、桂川甫周の屋敷にも度々洋書を借りに訪れたという。甫周の娘みねは、そんな貧乏な福沢が「乞食は怠け者が多いから、無闇に物をやるのは怠け者を増やすようなものです」と云うのを印象深く憶えている。

こういった考え方は今日、弱者に厳しい個人主義と受け止められるかも知れない。だが我国で考えられる個人主義はエゴイズムに近すぎる。我も貧乏、彼も貧乏。しかし常に自分を頼み、独立の気風を維持しようとするのが個人主義である。福沢の言動はまさに「一身独立して一国独立する」の実践と云ってよい。

この考えは勝海舟の江戸無血開城を批判した『瘠我慢の説』にも一貫している。同書は狂信の書ではなく、その主張は冒頭の「立国は私なり、公にあらざるなり」に尽くされている。それは一夜にして幕府の公が徳川の私となって降参する弱い公共意識を危険視し、明治日本では個人による強い公共意識を建築すべきと説く。

だが容易には理解されなかったらしい。福沢がこれと同じ内容を鹿鳴館で演説し、日本人は士風を失ったと論じたとき「西洋文明に酔わしめたのは誰が先鋒だ」と聞こえよがしに云った者がある。この底の浅い批判に接して福沢諭吉の胸に去来した口惜しさは如何ばかりであろう。察して余りある。

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by hishikai | 2009-05-13 13:38 | 憲法・政治哲学