2009年 06月 30日 ( 1 )

2009年 06月 30日
イタリアの統一
e0130549_16453286.jpgイタリアの統一は英雄ジュゼッペ・ガリバルディと、サルディニア王国の宰相カミロ・デ・カヴールによって成し遂げられ、十九世紀後半に生きたヨーロッパの人々を熱狂の渦に巻き込んだ物語である。しかし皮肉な読み方をするならば、それは民族主義と近代国家、その理想と現実、新しい観念と旧い観念の矛盾を書いた物語であるようにも見える。

1859年、フランス軍がアルプスを越えてオーストリアの支配するイタリア北部へなだれこむ。これはサルディニア王国宰相カヴールの、フランス皇帝ナポレオン三世への哀訴と密約の成果であった。そしてマジェンタとソルフィーノの両決戦でオーストリア軍は敗れ、アルプス以南の平原でハプスブルグ家の勢力は駆逐される。

このことでイタリア全土に波及し始めた革命の気運を、これまでも母国イタリアと南アメリカで共和国樹立のために闘ってきた筋金入りの闘士であるガリバルディは見逃さなかった。1860年、彼はカヴールの内諾を得た上で、旧式の銃や錆びた銃剣を携えた千人の義勇兵を率いてジェノヴァを出航し、シチリアへ向かう。

シチリアとナポリを併せたイタリア南部はブルボン王家の支配するナポリ王国である。圧倒的な劣勢の中でガリバルディと義勇軍は勇敢に戦い、多くの民衆と共にシチリアを解放し、次いでナポリに入城する。しかし瀕死のナポリ王国にとどめを射したのは応援に駆付けたサルディニア軍であった。カヴールは最少の犠牲で最大の功績を手に入れたのだ。

それから一年もたたない1861年3月にはイタリア半島の大半の地域がサルディニア国王の下に統一される。カヴールには批判もあったが、そんなときカヴールは「もしも私が自分のためにしたのなら、さだめし大悪党だろう」と言った。国王と議会、古風な君主大権と自由主義的な制度という矛盾を二つながらに備えた近代国家がヨーロッパに現れ始めるのはその直後である。あたかもイタリアがカヴールとガリバルディの明暗によって統一されたように。


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イタリア統一の英雄ガリバルディ。肖像画は1845年、彼がウルグァイにいた時に描かれたもの。彼がかぶっているソンブレロは、イタリアに帰国した後には彼の姿に欠かせないものとなった。1859年、サルディニアがオーストリアを撃破すると、彼は1000人の義勇兵を指揮してシチリアに侵攻。2万4000人ものブルボン王家の軍隊を破った。左はカタラフィーミでブルボン王家軍と戦う、彼の義勇軍「赤シャツ隊」。

by hishikai | 2009-06-30 17:10 | 第一次世界大戦