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2010年 04月 16日
ビーアド博士『東京復興に関する意見』より
e0130549_022673.jpg歴史の舞台は大西洋より太平洋に移りつゝある。日本はこの舞台に於いて立役を勤めるであらう。而して東京は多くの印象深い場面の舞台となるであらう。故に日本の帝都が、帝都としての特異性を有たねばならぬといふことには深奥なる意義を有する。蓋し貧弱なる帝都は列強の間に伍するとき、國家の尊厳と威容とを傷けるであらう。

而してこの特異性は米國第三流處の邊陬都市の建築を再現して居たのでは達成されぬ。既に東京は洋臭畸形建築に有りあまつて居る。日本の帝都は唯日本國民の建築的天才を発揮することに依つてのみその特異性を有つであらう。過去に於ける壮観を目睹した私は、かの古代美の精神が再建時代に於いて地に委せらるゝにあらざるかを疑ひ、戦慄禁じ得ざるものがある。勿論私は商舖及び工場の實際的要求が古代建築の或る點と到底両立し得ざるものなることを知る。それ故に私は不可能を強いんとするものではないが、敢えて左の提案を為さうと思ふ。

一 能ふ限り日本建築の様式を總ての公共建築物に取り容れること。
二 洋式の記念建造物及び銅像を斥け、純粹なる日本式の記念建造物を造ること。
三 公園は總て純粹の日本式となすこと。

多くの主要米國都市は、建築美術委員會を設けて總ての公共記念建造物及び建築物の設計を審査せしめて居る。この委員會は公衆の趣味を向上せしむることに非常に成功して居る。勿論建築美術委員と雖も人間なるを以て幾多の誤謬に陥りはしたが、しかし彼等は美に對する公共の興味を喚起し、且つ幾多の畸形的建築物の出現を防止した。故に私は嘗て提案せる永久的帝都建築美術委員會の設置を再び慫慂する。尚保守的な實際家諸君の杞憂を除かんがために、東京に美観及び特異性を與へることは「算盤がとれる」ことを附言したい。世界の各地方から数多の観光客を誘ひ寄せるからである。もしも東京が唯單に近世歐米商業都市の複製に過ぎぬものであつたならば、誰か来遊を思ひ立つ者があらう。もしも日本國民がその帝都に美観と特異性とを與へるために十分なる努力をしなかつたならば、この大災害の傷も癒へ、日本精神が光芒を放つ頃になつて、自ら悔ひ且つ愧づることにならう。(C.ビアード/『東京復興に関する意見』の中から「第十一 帝都の尊厳及び美観に関する考察」)

チャールズ・オースチン・ビアード(Charles A. Beard)大正十二年(1923)九月一日、関東大震災が発生。翌二日に山本権兵衛内閣が成立する。内務大臣に就任した後藤新平は九月五日、ニューヨーク市政調査会専務理事を努めるC.ビアードに招聘を打電。これに応え十月六日、廃墟と化した横浜に上陸したC.ビアードは精力的に被災地を視察。数々の資料と意見とを日本政府に提供した。上記の文章は彼が後藤新平に宛てた意見書を、翌大正十三年十月に財団法人東京市政調査会が冊子で公開した一部。〈Beardのカナ表記は大正当時「ビーアド」だが、本編では便宜上「ビアード」に統一〉

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by hishikai | 2010-04-16 00:19 | 文化