カテゴリ:日常( 23 )

2010年 12月 31日
歳晩の憂鬱
e0130549_2250278.jpg私は部屋に一人で籠っている。何故と云って歳晩が憂鬱なのだ。街の賑わい、人々の浮いた気分、大売り出しの仰々しさ、みんな一緒の年越し蕎麦、みんな一緒の除夜の鐘。この何もかも大波にさらわれるような気分が滅入るのだ。

浮ついた世間の様子は見るに耐えず、聴くに耐えず、だからテレビもつけず、ラジオもつけず、外界の一切を遮断してじっとしている。その姿を人が見るならば、あたかも嵐が過ぎ去るのを待つ巣穴の中の小動物であるに違いない。

だが何と云われようとも歳晩は憂鬱で、でき得るならば西洋人のように合理的かつ冷淡にやり過ごして、この太古の昔よりの脅迫的な目出度さを打ち払ってしまいたいのだが、我家のちゃぶ台や、仏壇や、神棚や、それら全てが習俗からの逃避を許さない。

ただ突っ伏し、頭を抱え、ひたすらに時の過ぎるのを待つのみ。ひたすらに凡庸な日の来らんことを、平日の人もまばらな街角を、のんびりと散策する日の訪れんことを、ただひたすらに待つのみである。

by hishikai | 2010-12-31 22:48 | 日常
2009年 10月 23日
ジョン
e0130549_12252639.jpg箱根の旅行から帰った日、玄関に重い革のトランクを置いてやれやれと靴を脱ごうとすると、一足先に家に上がった妻が、まだ入ってはいけないと茶の間から云う。どうしてかと声をかけると、生きた雀がいる、どうやら猫が獲ってきたらしいと再び茶の間から云う。

仕方がないので玄関に腰を下ろして庭の萩を眺めていると、妻は箒を手に雀を追いかけていたようであったが、やがて悲鳴がしたので振り向くと、黒猫が横合いから急に飛びかかって雀を噛み殺してしまったと云い、おむすびを握るように手を上下に合わせて廊下に立っている。

その中に屍骸が入っているのかと問うと妻は黙って頷き、サンダルを引っ掛けて門から往来へと出てゆく。私が玄関の扉に手をかけて、どうするんだと今度は声高に問えば、どこかに埋めてくると云う声が往来の向こうへ遠ざかっていく。

だから動物は嫌なんだと呟きながら旅装を解いて一息つくが妻はなかなか帰ってこない。おかしいなと思っているところへ門の開く音がしたので、やあご苦労様と出てみれば、庭に立った妻の手には銀色の鎖が握られて、その先には見知らぬ茶色い犬が繋がれている。

おまえ、それはどうしたのかと問えば、鎖を引きずったまま歩いていたので可哀想だから連れて帰ってきたと答える。そんなものは家では飼えないぞと云えば、首輪に鑑札が付いているから飼い主は直ぐに見つかる、後で役所に電話するからと云って鎖を庭の椿に結んでしまった。

行き掛りの上からか動物好きの為す業か、翌日からの妻はいつもより早起きをして殆ど犬に引張り回されながら散歩をするやら、知合いに餌は何が良いか尋ねるやら、夜は玄関に毛布を敷いて寝かせてやるやら、したこともない犬の世話に大忙しであった。私は窓の隙間から時々観察する程度であったが、そんな時は犬も気付いて私をじっと見ていた。

そんなこんなで数日が過ぎた夕暮れ、妻が庭先で誰かと話している。声の主は家族連れであるらしく、ジョン、ジョンあゝよかったと云う。犬も吠えている。お世話になりましたとの声も聞こえ、そこに妻のいいえェホントによかったワと答える明るい声も交じっている。やがて門が閉まり、ガチャガチャという鎖の音と共に話し声が遠ざかる。

廊下に出てみると玄関に悄然として座り込む妻の姿があり、その傍らに謝礼に頂いたと思われる葱が数本、半ば開いた新聞紙の包みから青白い茎を覗かせている。近づいて、まあよかったじゃないかと声をかけると、数日前と同じように妻は黙って頷き、葱を丁寧に新聞紙に包みなおした。その夜、再び静かになった我家の膳に葱ぬたが上った。

by hishikai | 2009-10-23 13:37 | 日常
2009年 10月 13日
箱根
e0130549_2226610.jpg箱根山はカルデラ地形の火山である。中央に標高1438mの神山を最高峰とする山岳群がそびえ立ち、麓の各地で温泉が湧出して西側には芦ノ湖が鏡のような湖面を広げている。これを更に広大な外輪山がぐるりと取り囲み、南端は旧東海道の難所として知られる。

その中央山岳群の東麓が外輪山と接して峻厳な渓谷となる辺り、宮ノ下温泉郷に人々が訪れるようになったのは明治11年に福沢諭吉の勧めで山口仙之助がこの地に外国人用ホテルを開業し、なおも私財を投じて交通路を拓き、自家用発電施設を備えたことを嚆矢とする。

以来「富士屋ホテル」と命名されたそのホテルは、関東大震災を始めとする幾度の災害から復興し、あるいは大東亜戦争中の枢軸国側外交官への貸与、敗戦後の占領軍による接収という経営の困難を乗り越えて、今日もなお壮麗な姿を宮ノ下の深い森の中に沈めている。

その受付で宿泊手続きを済ませ、ようやく私が額の汗を拭ったのは箱根が観光客で賑わう十月の連休初日であった。一階のホールは胡桃色の梁が淡い琥珀の照明に染まった白壁を端正に区切り、凝った寄木床には重厚な調度品が置かれて秋の夕日に映えている。

ここの空気を支配しているのは何時の世でも迎賓館という施設が持つ不自然さで、それは我国の場合、富国強兵と殖産興業を信じた人々の発想する高級な休息、徳川封建の生活を色濃く残す庶民生活とは隔絶された雲上の価値観、その廃墟に残る甘美な停滞である。

部屋に荷物を置いた後で館内を歩きながらそんなことを想いながらもしかし、前述したように創業者一族と社員一同のこのホテルを存続させるために繰返した革新は尋常ではない。停滞と革新の二面性を単に矛盾と考えるならば伝統の継承を理解することはできない。

案内して呉れた韓国人の社員である趙君が「私は日本の歴史を深く知らないかもしれませんが、何処の国の何時の時代でも若い人が継ぐべき伝統があることは信じています。そのつもりで今日は案内をさせて頂きました」と言うのを聞き目頭に熱いものを覚える。

誰もいない資料展示室に入ると昭和天皇御行啓のモノクローム写真がある。陛下はコートを御召しになり中折れ帽を右手に冬枯れの落葉を御踏みになって歩かれ、視線はこちらに注がれている。箱根の雄大な自然を圧して余る帝王の威容に思わず頭を垂れる。

夕食を摂るためにメインダイニングに向かう。高い格天井に花鳥を描き、大きな硝子窓に御簾を下げた和洋折衷の御殿造り。須川産紅鱒のマリネと箱根の新鮮な野菜を冷えた白ワインでやる。食後は趣きあるバーの片隅でスコッチをストレート、杯を重ねる。

部屋に帰って少し眠り、明け方に起きて携行した佐藤春夫の『慵斎雑記』を読む。「語つてゐるが如く語つてゐないが如く、真意は多く言外にあるのが国語の詩情である」の一文に感心して再び眠る。夢うつつに朝の登山電車の音と、野鳥たちのさえずりを聴く。

写真左:ホテルの談話室で一人悦に入るブログ管理人 写真左下から:深い緑に包まれたホテル本館 古色蒼然とした本館の内部 箱根ラリック美術館に展示されたA型フォード 同じく箱根ラリック美術館に展示されたオリエント急行のサロン・カー。中でお茶とケーキを頂いた
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by hishikai | 2009-10-13 17:22 | 日常
2009年 10月 09日
共通の教科書で思い出される論文
10月8日の聯合ニュースによれば、岡田外相が韓日中での共通の教科書作成を検討すべきとの考えを示したことについて韓国大統領府が前向きな反応を示したという。これを聞いて私は2002年から2005年の日韓歴史共同研究の際に韓国側から提出された論文の一つを思い出す。以下に引用する。

《1937年7月、中日戦争を挑発する中で本格的に着手した皇国臣民化運動は、全体主義的動員の方式で韓国人に皇国臣民となることを強制した点で、以前の同化政策とは違いがある。内鮮一体を主張した南次郎総督は、内鮮一体とは「半島人を忠良なる皇国臣民に作り上げること」と述べたが、社会であれ学校であれ、総力戦で名実共に完全な皇国臣民化を目論み、韓国人のアイデンティティーを解体させ、日本人のように天皇に絶対服従する人間型を鋳造するためであった。皇国臣民化運動は天皇制ファシズムに順応する人間製造運動で、ヒトラーのナチズムやムッソリーニのファシズムにも似た非人間的、非文明的運動であった。このような運動が全体主義的動員方式で展開されたのは、韓国人の民族意識、独立意識を抹殺させ、中国などのアジア諸国を侵略して第2次世界大戦を遂行する上で人的、物質的兵站基地としての使命を果たすためのものであった。こうして韓国人の人権は踏みにじられ、韓国人の人間意識は非常な危機を迎えた。》(徐仲錫/『日帝の朝鮮強占と韓国の独立運動』)

この論文にあるのは歴史ではなく政治である。その事はとりもなおさず彼らにとって歴史とは政治であり、歴史教育とは政治教育であることを意味している。そして彼らの体制が政治教育に立脚している以上、彼らにとって共通の歴史教科書とは日本人が屈服することで成立する歴史教科書以外の何ものでもない。また中央日報は以下のように伝える。

《教育科学技術部のイ・ソンヒ学校自律化推進官は(共通の教科書が)「原則的に望ましい提案」としながらも、「2002年5月に発足した韓国・日本歴史共同研究委員会は、偏った見解を持つ日本側委員の拒否のため争点をめぐる本格的な議論が低調であるだけに、慎重に接近して双方が合意できる案を用意しなければならない」と述べた。》

私たちの常識からすれば共同の研究会でヒトラーやムッソリーニを持ち出して相手を論ずる方がよほど偏っているように思えるが、実のところ歴史は政治であるという彼らの原則に難色を示した当時の日本側委員の態度を「偏った見解」と表現することで、今後も歴史の客観視を拒否することを宣言している。我国でも輿石東民主党代表代行の「教育の政治的中立はありえない」という発言が彼らと同じ認識に立っている。

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by hishikai | 2009-10-09 01:53 | 日常
2009年 09月 24日
猫可愛がり
e0130549_1105472.jpg猫はすこぶる技巧的で表情に複雑味があり、甘えかゝるにも舐めたり、頬ずりしたり、時にツンとすねてみたりして、緩急自在頗る魅惑的です。しかも誰かそばに一人でもいると、素知らぬ顔をしてすまし返つてゐる。そして愛してくれる対手と二人きりになつた時、はじめて一切を忘れて媚びてくる───媚態の限りを尽くして甘えかゝつてくる、と云った風でなかなか面白い。(谷崎潤一郎/『ねこ』)

氏には氏の趣味があり、人に迷惑をかけない限りそれは良しとせねばならないわけだが、そういった意味では私には私の趣味があるのだから、その方面から勝手を云わせていただければ、上の文章に視られる谷崎潤一郎氏の趣味はいただけない。

「高嶺の花」という言葉があるように、美とはおよそ触るべからざる処に在り、触るべからざるを憧れをもって仰ぎ見る処に在る。してみると美とは憧れの結晶である。それは手に入れてしまえば終わるもので、これは猫という動物の美についても同じである。

その点で猫飼いという人種は往々にして猫可愛がりをするもので「おーヨチヨチ、いい子でちゅねー」などと幼児語を使用するに至っては美を甚だしく毀損した醜態の中の醜態であって、まして一端の男子がこれを行うなどはあるべきでない。

もっとも谷崎氏はそうとまで書いていないので、あまり先回りする必要はないのかも知れないが、仮令そうでも人前では素知らぬ振りをしながら、内々に入ると媚態の限りを尽くすなど破廉恥である。そのような陰日向が氏の美意識を深く退廃させている。

私と黒猫の関係はさにあらず。私が廊下を行くと、彼は簞笥の上に寝に行くのか知らないがともかくも向こうから歩いてくる。そこで二人はすれ違う───刹那「あゝ甘やかしたいvs.甘えたい」という情念が交錯するも、グッと抑えてそのまま何事もなく行き過ぎる。

『黒き猫』菱田春草 1910年(部分拡大)

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by hishikai | 2009-09-24 11:23 | 日常
2009年 07月 07日
東国原知事と古賀選対委員長の会談
本日7月7日17時27分頃、宮崎県の東国原知事が古賀選対委員長との会談のため、自民党本部に入る。東国原知事は全国知事会がまとめた提言を、そのまま次期衆議院選のマニフェストに盛り込むよう、そして自身を総裁候補としての処遇で扱うよう求めているという。

これに対しマスコミは、世論が東国原知事の次期衆議院選出馬に反対しているから出馬すべきでないとか、我国の国政はそんなに軽いものであったのかなどとの批判を同日夕方のニュースで展開している。

しかし仮に古賀選対委員長が、東国原知事の総裁候補としての処遇要求は別としても、全国知事会の提言を党のマニフェストに大部分を取り入れる譲歩をするならば、次期衆議院選の争点は地方分権へと移り、鳩山民主党代表の政治資金問題とも相まって、自民党主導の選挙へと一気に風向きが変わる可能性がある。

全国知事会の提言については、国と地方の税源配分を5対5にしても、あるいは国の出先機関を縮小しても、中央官庁の権限が直接縮小するわけではない等の見方もあるようだが、問題はそういうことではない。

一般国民は、マニフェストの詳しい内容と、それが国と地方に及ぼす具体的な波及効果という情報を知るために自分が払わなければならないコストに比べて、獲得できる便益の見込みが低いときには、あえて情報を獲得しようとはせず、不完全な情報に甘んずるものである。

したがって重要なのは雰囲気と、その雰囲気を主導する力である。国民は同時に都民であり県民であり府民であり道民である。これら自らの生活する自治体の知事が押す提言を、さらに自民党候補者が押すのであれば、おのずと投票の結果は明らかではなかろうか。

とはいえ現時点では、東国原知事と古賀選対委員長の会談結果が不明なために何とも言えないのではあるが。

by hishikai | 2009-07-07 18:16 | 日常
2009年 06月 06日
夜がくる
e0130549_14391952.jpg高校の授業を終えるとパブに行く。その店の往来に開け放った扉を入ってすぐ右側の窓際に座る。ガラス一ぱいに当たる夕日の光の中を、買物カゴを下げたおばさんのエプロンや、小学生の乗った小さな自転車が流れていく。J.G.ワトソンのWhat the Hell Is Thisの向うから「学生服は脱いでくれ」とマスターの声がする。

向いに座った級友の視線を追って振り返ると、黒い髪をボブにして、素肌に紫色のVネックセーターを着た細身の女の人が立っている。他の人は彼女を「なおちゃん」と呼ぶ。あまり話をしない。なおちゃんは僕らのテーブルにI.W.ハーパーのボトルとグラスを置く。その前屈みの胸元を見て耳まで熱くなる。

地下室のバーは私鉄の線路に沿った暗い路地にある。目立たないビルの、防空壕のような入口から地下に向かって階段がずっと延びて、その降り切った先の細長い場所に、眩しい裸電球に照らされた木のテーブルと椅子が並んでいる。片隅の椅子に座ってE.タイムスを飲む。真中の椅子では猫が寝ている。

しばらくすると仕事を終えた大人達が一人ずつ階段を降りてくる。ファニア・オールスターズのLive At the Cheetahが流れる。強烈に辛い料理をマイヤーズダークで流し込んでいる。笑い声と尽きない音楽の話。それを片隅で聞いていると、やがて時計の針が朝を告げる。階段を見上げると四角い青空が見える。学校に行く。

歌謡曲の文句ではないが遠くに来た。ここで「夜がくる」を聴いて滲々そう思う。オリジナル・ヴァージョンは哀しい。というわけでサントリー・オールドを買ってきた。今夜はこれで一杯やろう。まったく、すぐに影響されるので困る⋯。

by hishikai | 2009-06-06 15:07 | 日常
2009年 03月 16日
柿の葉鮨
e0130549_12161763.jpg柿の葉鮨を一つ手に取る。固く結ばれて、しっとりと重い。渋い緑青の葉を丁寧に剥くと、中から照りのよい鮨が姿を現す。深く燻したような柿の葉の香りが漂い、これを愉しみながら一口に鮨を頬張る。脂と塩気の塩梅が佳い。一緒に奈良の地酒「春鹿」しぼりたて生原酒を呑む。青々とした辛味が口一杯に広がってゆく。

奈良を旅行した時にはこれが楽しみで、日長一日を古寺に遊んだ後、市内に柿の葉鮨を買い求めて、夜、ホテルの古めかしい部屋の、ほの赤い電燈の下でこれを食べる。とっぷりと日が暮れて、窓の外には興福寺の塔が黒々とした影となってそびえ立っている。今日のこと、昔のこと、様々なことが思い出される。

冷えた白ワインと合わせるのも佳い。この鮨は最後に残る微かな酸味が絶好のアクセントなので、これを損なわぬよう、ワインは余りフルーティーなものや酸味の効いたものは選ばず、寧ろすんなりとした辛口が好相性で、後はホテルの電燈に映えるよう、金色の深いものであれば申し分ない。

金色といえば土門拳が何かで「奈良の金色は他所と異なる」と書いていた。黄色味が濃くて不透明で、ユーラシア大陸への憧れが一杯に閉込められた、そんな古い金具が寺の門に黙然と嵌め込まれていて、これが夕焼けに照り映え朱々と燃え上がっている。だから土門拳は骨董屋でも奈良の金色はすぐに判るという。

もっとも私のような盆暗には無縁のことで、せめても吉野山間の美味、柿の葉鮨を語るに後醍醐帝の見果てぬ夢に話を始め、大塔宮護良親王の悲劇を辿りながら、南紀十津川吉野辺の民俗を説こうと少ない蔵書に探ったが、どうやらそれすら荷が重い。今夜は佳き鮨と佳き酒に身を委ね、谷崎潤一郎を引いて終りとする。

先達も新聞記者が来て何か変わった旨い料理の話をしろというから、吉野の山間僻地の人が食べる柿の葉鮨というものの製法を語った。(中略)鮭の脂と塩気とがいい塩梅に飯に滲み込んで、鮭はかえって生身のように柔らかくなっている工合が何ともいえない。(陰翳礼讃/谷崎潤一郎)

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by hishikai | 2009-03-16 12:39 | 日常
2009年 03月 10日
立食い蕎麦
e0130549_1671110.jpg久しぶりに朝の電車に乗ったら、たまたま通勤ラッシュの時間帯でもみくちゃになった。皆一様に殺気立ってピリピリしている。何しろ行きたくもない所に行って、やりたくもない仕事をやるのだから無理もない。私もサラリーマンを十数年やっていたから判るが、朝の通勤は本当にストレスが溜まる。

そういう時に心を和ませてくれるのが駅の立食い蕎麦で、コシのない蕎麦を椀にポンと入れて、どこで作ったか分らない醤油で鰹のような出汁を溶いたツユを掛け、その上に悪い油で揚げた天麩羅を乗せてこれをせわしなく手繰り込む。これが至福の一時で、朝飯を食べてきても、やはりこれを食べなければ一日が始らない。

天麩羅なんかべちょべちょで、これがまた好い。そりゃ、たまにサクサクの立食い蕎麦屋もある。三崎町の「とんがらし」などは注文を受けてから揚げるので、天麩羅がツユの上でザーッと音を立てるほどで、もちろん文句なしにサクサクだ。でもこれは余裕のある時の話で、忙しい朝はべちょべちょをズーッとやるのが好い。

ころもが茶色いツユに溶けて実に旨い。やはり立食い蕎麦の華は揚げ物なのだ。これがざっと思い浮かぶだけでも、かき揚げ、竹輪、春菊、ソーセージ、玉葱、茄子、コロッケといったところで、ちゃんとした蕎麦屋にはない組み合せが嬉しい。中には茹玉子の天麩羅なんてものもある。

玉子といえば生玉子を落とすのも一興で、昔から「生玉子 醤油の雲に きみの月」などと云って、やっぱり蕎麦の方にも「月見」といった粋な名前が付いている。これに天麩羅を合わせると「天玉」と云うが、ということはコロッケと玉子では「コロ玉」と云うのであろうか。この辺りはよく分らない。

とはいえ味のしっかりした立食い蕎麦屋もあって、その筋ではやはり新橋の「かめや」が筆頭であろう。ツユは鰹の香り高く、麺にもコシがあり、天麩羅もサクサクだ。下手な蕎麦屋よりもずっと旨い。ただ好みの問題なのだが、私としては天麩羅をツユに入れると一寸味が濃いと思う。ここでは蕎麦と天麩羅を別に頼んでいる。

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by hishikai | 2009-03-10 16:19 | 日常
2009年 03月 02日
朝の散歩
e0130549_228357.jpg今朝は宅急便に起こされた。朝も早くからご苦労さまと眠い眼を擦りながら受取った荷物を居間のテーブルに置き、時計を見ると針は十時を指している。そうか、早くないのか⋯。昨夜はウイスキーを飲みながら「タモリ倶楽部」を見て「ゴルゴ13」を見て「黒執事」を見て「鉄のラインバレル」を見た。

結局寝たのは明け方近くなのだからこんな寝坊も仕方がない。外は小雨が降っているようで、こんな日は決まって頭がぼんやりする。といっても今からまた寝るのは半端だし、さてどうしようかと考えた末に散歩をしようと思い立つ。傘をだらしなくさしてふらふらと歩き、やがて近所の方の経営する梅園に入る。

若い下草の緑を踏んで木々の間をあてもなく歩くと、幾百とも知れない梅の木が黒々とした枝を伸ばしている。見上げると白く小さな花々が鉛色の空に溶けるように咲いている。雨粒が落ちて顔にあたる。広い園内には私より他に誰もいないのか、ただメジロの声だけが聴こえている。

小道を挟んで向うに同じ方の経営するハーブ園があり、その中に小さな喫茶店がある。隅の席に座って大きな硝子窓の外に目をやると様々なハーブが植えられて、小さな噴水ではひよどりが水浴びをしている。ローズティーとホワイトチョコレートケーキを突つきながら持ってきた本を開くと、こう書いてある。

彼は社会公共の利益を増進しようと思っているわけではないし、またそのことを知っているわけでもない。ただ生産物が最大の価値を持つように経営するのは、自分自身の利益のためなのである。だが、こうすることによって、彼は見えざる手に導かれ、自分では意図していなかった目的を促進することになる。

彼がこの目的を意図していなかったことは、必ずしも悪いことではない。社会の利益を増進しようと思い込んでいる場合よりも、自分自身の利益を追求する方が社会の利益を増進することがある。社会のためにやるのだと商売をしている徒輩が、社会の利益を増進したという話は聞いたことがない。(諸国民の富/A・スミス)

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by hishikai | 2009-03-02 02:43 | 日常