カテゴリ:憲法・政治哲学( 83 )

2009年 11月 28日
ローマ人の「ラグジュアリー」な生活
e0130549_142586.jpg上野山をぶらぶら歩いて国立西洋美術館の前を通りかかると『古代ローマ帝国の遺産─栄光の都ローマと悲劇の街ポンペイ─』の看板が目に留まる。他に行くあてもないので入ると、ローマ帝国の黄金期オクタヴィアヌスの治世B.C.64からA.D.14頃の美術品やポンペイ出土の装飾壁画、豪奢な調度品が数多く展示されている。

それらを眺めて想像されるのは、彼らの生活が肩の凝らない南国的な──そして今日流行の言葉で云えば──「ラグジュアリー」なものであったことで、それが気候風土の影響であったか否かはイタリアへ行く幸運に恵まれない私には判らないが、それでも彼らが旺盛な多神教徒であったことは考えてもよいと思う。

家庭や農園に住むヌーメン、炉の火を守るヴェスタ、家と農園の境界を守るラレス、貯蔵場の神ペテナス、収穫の季節の精霊マルスなどなどの神々に加えて各人の守り神を信ずるローマ人たちは、そうした神々を前にして、こう考えていたのであろう。神々が何かしてくれるのならば自分たちも何かしてやろう、と。

ポエニ戦争でローマ艦隊の指揮官だったクラウディウス・プルケルは神聖なひな鳥を船に乗せて餌をついばむ様子から吉凶を占おうとしたが、ひな鳥が餌を食べないので「食べないのならば飲むがいい!」と叫んで神聖なひな鳥を海に投げ込んでしまったという。神々が何かしてくれるのならば──兎も角もそういう事である。

こうしたローマ人たちの思考は属州の自治や信仰の自由といった帝国統治の法にも反映されていた。彼らにとって満足のいく勝利とはかつての敵と同盟を結んでローマの仲間を増やすことであったし、そうして築いた広大な帝国領土は「服従の広がり」と云うよりも、むしろ互恵的な「関係の広がり」であった。

ドイツの歴史学者ランケの言葉に「一切の古代史はローマ史の中に注ぎ込み、近代史の全体はローマ史の中から再び流れ出る」とある。だが西欧人の法が互恵的であったことはなく、したがって彼らの支配する地域が「服従の広がり」ではあっても「関係の広がり」であったことは以前にもなければ今日にもない。

これは西欧人がローマ法をヘブライの文法で読んだからで「汝するなかれ」という戒律としての法は超越者の立法を必要とする。それは絶対王政が革命で倒された後も人民の絶対を唱える人民主権として残った。「人民は王の靴を履いた」しかし「その前に王は教皇の靴を履いていた」というのが西欧人の法の歴史である。

私たちの生活が「ラグジュアリー」でないのは世知辛い現代にあって仕方の無いことではあるが、なお一層これを世知辛くしているのは、王の靴を履いた貧しき主権者たちが富裕者を引きずり下ろすことで自身の貧困を慰めようとする精神の狂気ではないか。もう少しローマ人たちのように肩の力を抜いて生きられないものであろうか。

美術館を出ると初冬の冷たい風が羽織の裾を翻す。小腹が空いた。精養軒も好いが、いっそ浅草の神谷バーへ行こう。あそこの熱々の海老グラタンとメンチカツで電気ブラン・オールドをやろう。一緒にハチブドー酒をやるのもまた美味い。あゝ…こればかりはローマ人も及ばない、日本庶民の「ラグジュアリー」ではないか。

宗教教団への入信の儀式が行なわれた邸宅の女主人。ポンペイから出土したこの壁画は当時の秘儀の有様を伝える唯一のものであると考えられている。1世紀頃の作。

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by hishikai | 2009-11-28 14:08 | 憲法・政治哲学
2009年 10月 04日
追悼 中川昭一『飛翔する日本』より抜粋二編
「中川昭一の特徴」より

先日ある学者の方と酒を飲んでいて「悲観的楽観主義者、楽観的楽観主義者、楽観的悲観主義者はけっこういるが、中川さんは悲観的悲観主義者。珍しい政治家ですね」と言われた。「悲観的悲観主義者」がどういうものかはわからないが、自分では悲観的だとも悲観論者だとも思っていない。ただどちらかというと物事を悪い方から見るところはある。小児喘息で学校に通えない時期があったり、高校三年の受験勉強をする時期に体調を崩して大学受験で楽勝と思ったら見事に二度も落ちたりと、小さい頃からの挫折体験が影響しているのかもしれない。しかしこれまでは目標に対して悲観的に入って結果を出してきた。私は私なりに、政治家としての目標を達成するしかないと、そこは割り切っている。

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「豊かさがもたらした新たな試練」より

 少なくとも政治家は「一生懸命やった」「頑張った」だけでは評価されない。国を衰退させ、国民に不利益をもたらした政治家が「これだけのことをやりました。一生懸命頑張った自分をほめてやりたい」と言っても、国民は共感しない。出てくるのはため息ばかりだろう。政治に問われるのは「結果」だ。日本の直面している国際競争で生き残るためには、「自分としては頑張った」のでは不十分であり、「日本の国力・活力を高める」という意識と目標設定、そして適切な対応が必要となる。(中略)
 本来政治家というものには国家や様々の利害が関わっているだけに、危険が伴っている。暗殺の危険さえある。「国を守るために戦う」という重大な権限も付与されている。その点で、アメリカ、ロシア、フランスの大統領や中国、アフリカ等、世界の多くの指導者たちは、死や戦争といった危機に対する臨場感と緊迫感があるように感じる。日本の総理大臣にも自衛のための戦争を選択する権限があるけれども、歴代の首相がどの程度その意識を持っていたかどうかわからない。しかし、熾烈な国際競争の中で、自らの判断と行動で生きざるを得ない時代を日本はたぶん、戦後初めて迎えた。政治に携わる者は日本のために命をかける決意がなければ務まらない。それが今日の日本における政治家の必須条件だと思っている。(中川昭一/『飛翔する日本』より抜粋)

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by hishikai | 2009-10-04 19:36 | 憲法・政治哲学
2009年 10月 04日
自国への誇りに思うこと
e0130549_12524881.jpg2009年10月2日、英誌エコノミスト(The Economist)が発表した調査結果によると、世界33か国中、自国に対する誇りが最も高い国はオーストラリア、最も低い国は日本であることが分かった。(Record China)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091004-00000001-rcdc-cn

私はこの統計の調査方法や質問形式が分からないために、この結果自体よりも、むしろ私と同じように調査方法や質問形式を知らないであろう、あるいは持っている情報量が私と同じ程度にあるだろう一般の日本人の反応に興味がある。

このニュースがYahooで配信されて約三時間後、大雑把にブログ上の反応を検索したが、そこには「ふ〜ん」といった反応だけで言葉が継がれていないものが散見され、日本国内の愛国心へのネガティブイメージと調査結果とのギャップに対する戸惑いを想像させた。

それに比較して掲示板の方により率直な感想があり(これは一部のブログにも見られたが)それは「今の日本に愛国心なんて持てるわけないよ」といった類いの反応で、これらは今回の調査結果と国内の経済や生活の状況とを直接に結びつけた反応であると思われた。

ここまで読んだ私の感想は、これらブログや掲示板の反応が前提とする愛国心の解釈と、今回の調査の表題となっている「Trust and admiration by country」との間にTrustの解釈をめぐって隔たりがあるのではないかということだ。

Trustは根拠や見返りに基づかない確固とした信頼を指す言葉で、これは今日一般に使用される愛国心に多く含まれているLove、つまりJapanをLoveするという観念と異なって更に踏み込んだ、いわば忠誠心に近いものであるように思う。

こういった差異が例えば「学校教育では愛国心を育てられない」という考えに繋がっているように思われ、それはそれで学校は家族への愛を育むところではないために道理ではあるのだが、これが忠誠心となると反対に家庭で教えることには限界があるように思われる。

それは家族への無償の愛というものが家族との連続的接触によって深められる可能性を持つのと異なり、国という実体のない観念に信頼を置く忠誠心は、対象との連続的接触が望めない以上、公教育によって観念的あるいは象徴的に教え込むより他に方法がないためである。

このように経済や生活の状況と結びついた功利的な愛国心、あるいは実体あるものへ捧げる愛と混同された愛国心というものが、いつの頃から広がったのか私は不勉強で知らないが、少なくともそれが現代日本人の一般通念であることは間違いないように思われる。

『月に吠える犬』J.ミロ 1926年(部分拡大)愛国心を具体的に捉えるのは難しいが、私の場合は愛国心をグラフィックなイメージの例で示すとしたら、やっぱりこの画かな。

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by hishikai | 2009-10-04 13:16 | 憲法・政治哲学
2009年 09月 28日
基本的なこと
e0130549_13171376.jpg政治思想と国家について基本的なことを書く。ただし以下のことは極端に単純化してあるために正確さを欠いており、またすべての事柄に当てはまるわけでもない。また私の選好は英米思想の側にある。そのことは予めことわっておく。

政党を分ける基本中の基本は、その掲げる理念がイギリスのコモン・ローからアメリカ建国へと連なる英米式であるか、フランス革命から共産党ソヴィエトへと連なる大陸式であるかの違いにある。

英米式は人間を歴史的存在と見る(国民の権利)そのため一世代の投票を絶対視しない(法の支配・墓石にも投票権を・保守主義)また人間の知性を信頼しないために歴史の生成物であるマーケットを重視し(自由主義)政府による富の再分配を拒否する(小さな政府)。

大陸式は人間を人格的存在と見る(人権)そのため一世代の投票を絶対視する(人の支配・人民の望むことは正しい・啓蒙主義)また人間の知性を信頼するために人間の構築物である計画経済を重視し(設計主義)政府による富の再分配を奨励する(大きな政府)。

我国では小泉純一郎・竹中平蔵から河野太郎へのラインが英米式で、民主党左派から社民党・共産党が大陸式である。民主党右派と自民党主流は双方を折衷している。

これらは確かに西洋流の考え方だが、結局のところ近代国家が西洋人の発明である以上、私たち日本人もこうした考え方によって政党を判断しなければ明確な色分けができず、ひいては二大政党制も実現しない。

一方で、言語や文化による共同体と近代国家とはイコールではない。近代国家は共同体を乗り越えて出現してきたもので、共同体は戦前においても社稷と呼ばれ国家と峻別されてきた。例えば農本主義者である権藤成卿は次のように述べている。

「自然の風俗が出来、其の風俗が一歩を進めて社稷を成し、其社稷が国の基礎となり、漸(すす)んで制度組織の必要が起」こる。つまり「天化自然の社稷を土台として、その国が建設されたものである。そこで国家の政体組織は幾回変化しても、社稷は決して動かぬ」(権藤成卿/『自治民範』)

国家は社稷集団が統治と自己防衛の必要からとる人為的・相対的・便宜的な組織であり機構である。したがって私たちが政体を選択する場合でも、現実的な判断から採用し、あるいは捨てなければならない。ある意味、冷淡にこれを眺めなければならない。

『老人たちの顔』L・ダ・ヴィンチ 1490年ごろ 人間個々の性格の違いと、その奥に潜む本性が巧みに捉えられている。政治思想の違いとは、結局のところ「人間とは何か」という問いへの答えの違いである。

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by hishikai | 2009-09-28 13:25 | 憲法・政治哲学
2009年 09月 22日
個人、制度、社会
e0130549_125184.jpg本来の意味で制度とは、ある世代の国民が投票で選んだり、それによって選ばれた代表者が議会で決めた仕組みを指すのではなく、長い時間をかけて各世代の人々が生活の中で無限の調整を加えながら受継ぎ、反復してきたパターンを指す。

例えば出会った人に頭を下げる身体の動きが「挨拶」として了解される、というような一見何気ないパターンによって私たちは相手の行動を予測し評定する。このような制度としてのパターンの無数の連続が人間の集団に骨組みを与えることで社会は形作られてきた。

したがって社会は途方もなく複雑である。私たちの知性はその細部と、それら細部が互いに結節している本当の様子を把握することができない。限られた知性は時間と多数の人手による仕事を的確に理解することはできず、またそれに十分備えることもできない。

あるいは私たち個人にしても過去の人々が実際の生活から編んできた制度に接し、その制度で形作られてきた社会の中に暮らすことによって、生まれたときの生物としての人間から、家庭を経て社会的な人間へと成長し、これがさらに風土に影響されるために多様である。

これらの考えは、二つのことを私たちに教えている。一つは私たち個々人はもちろんのこと、どのように聡明な思想家であれ政治家であれ、長く受継がれてきた制度を批判し、改革を提案するにあたっては極めて慎重に考慮しなければならないということ。

もう一つは制度により形作られた社会に暮らすことで、生物としての人間から社会的な人間へと成長してきた私たちに与えられるべき権利は、人権というような非社会的な権利ではなく、特定の社会的歴史的枠組みの中で発展してきた国民の権利なのだということである。

この二つことは、私たちが政府による制度設計を評価する上でも欠かすことができない。例えば国民皆年金制度や子供手当などにみられる政府による人為的な富の再分配はどうであろう。はたして当局者が社会の細部までをも把握し、実効をあげることは可能であろうか。

例えば永住外国人への地方参政権を認めようとする制度改革はどうであろう。確かに彼らは我国に住み納税しているかも知れない。しかし彼らが恩恵を受けている社会は誰が作ったものであろうか。考えられるべきは人権であろうか、それとも国民の権利であろうか。

暑かった季節もようやく終わろうとしている。とはいえ、去り往くものは惜しまれる。


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by hishikai | 2009-09-22 12:19 | 憲法・政治哲学
2009年 09月 20日
保守主義者たちよ、制度を語れ。
e0130549_2017817.jpg自由論は、ふたつの学問分野で展開されてきただけに、その論法・捉え方はそれぞれ特有である。ひとつが道徳哲学上の自由論であり、これは人間にとって自由がいかなる道徳的価値を持っているかを論ずるものをいう。(中略)他のひとつが政治哲学上の自由論であり、これは、いかなる政治体制であれば人が自由でいられるかを問うものである。この区別は、既にG.ヘーゲルがカントを批判するさいに──政治制度を語らないカントの自由論は超越論だと──なしたところであったが、多くの人の気づくに至ったのは比較的最近のことである。(阪本昌成/『法の支配』)

この文章は「制度を語る」という根本的な問題を私たちに提起している。ある理念についての道徳的あるいは社会的な価値を考えたのならば、次には国の制度として、それがどのような形で実現されるべきかを考えねばならない。

折しも9月18日に開催された自民党総裁選挙の候補者所見発表演説会において、西村康稔、河野太郎、谷垣禎一の三氏が各々の所見を述べた。三氏はいずれも自由民主党を保守政党と定義したが「小さな政府」という明確な制度を示したのは河野氏ただひとりであった。

西村氏は適材適所の人材配置と老壮青の持つ力を結集しようと呼びかけ、谷垣氏は保守主義の原点は皆で支え合う絆の精神であり簡明に言うならば「みんなでやろうぜ」ということであると訴えたが、ついに両者は制度論へと踏み込まなかった。

一体何であろう。政党人が制度を語らずにその存在意義を確認できるであろうか。ある理念を語り、ある理想を語って人間が結集するのであれば、それは謂わば精神修養塾のようなもので、政権獲得を目指す政党ではない。

政党ばかりではない。保守主義者一般が制度を語らないことも問題である。憲法の構造、政府の規模、経済体制、地方自治、福祉制度などを保守主義の言葉で紡ぎ出し、保守主義の観点からどうあるべきかを表明しなければ、保守主義はその輪郭を茫洋とさせたままである。

日本民族の美点を語るのも結構、戦前の偉人の功績を語ることも結構、日本文化の如何に美しいかを語ることも結構、それらは真に善いことである。しかしながら、それと同時に制度を語ろうではないか。──制度を語らない保守主義は超越論──でしかないのだから。

『鑑真和上東征絵伝』 蘇州黄泅浦から遣唐使の船に分乗する一行 13世紀作 留学生たちが命懸けで伝えたものは仏教や文物だけではなく、制度もその重要な一つであった。

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by hishikai | 2009-09-20 20:30 | 憲法・政治哲学
2009年 09月 19日
保守主義者の思違い
e0130549_1411773.jpg「市場原理主義」とは誰の言葉であろうか。少なくとも私がこれまで読んできた本の中には──例えばそれが、A・スミスであるにせよ、F・ハイエクであるにせよ、M・フリードマンであるにせよ──ただの一言半句もこれを見出すことができない。

それでも世に高名な評論家連がこの言葉を書き、賢明なる日本国民の負託を請けた議員連が口にするのだから、この出典を知らないことは私の浅学の結果であるに違いない。しかしながら印象として市場原理主義は便利な俗語として日本人と歩みを共にしてきた感がある。

かつて小泉・竹中改革の頃に反対者たちの怨み節であったその言葉が、福田内閣では生活者への慰撫となり、安倍内閣では保守回帰への宣言となり、リーマン・ショックではグローバリズムへの罵声となり、鳩山論文に至っては国民生活疲弊の根源となった。

こうした一連の経緯が社会主義者たちによって行われ、その結果が今日の民主党政権誕生に繋がっているのであれば話は簡単だが、ここに保守主義者たちも加担していることは、我国の保守主義者たちの思違いと、そのことによる戦後政治の絶望を表している。

我国の場合、保守主義者たちの自由主義者への嫌悪は反米感情に根差しており、その意味で保守主義者は社会主義者と呉越同舟である。しかしながら保守主義者は重要な点を、つまり市場が歴史の産物で、この尊重が保守主義の根幹に適うことを見落としている。

保守主義は歴史ある社会に蓄積された英知は人間ひとりの知性を超えると考える。ならば何故これまで人類が営々と築き上げてきた市場という英知を軽蔑し、浅はかな知性の産物である「設計された社会」へと国家を導く人々と言辞を同じくするのであろうか。

一体に我国の歴史書のどこをどう読めば優しい社会があり、大きな政府があり、生活への保障があったと言えるのだろうか。そこにあるのは何の保証もないからこそ日々額に汗して働く農工商三民と、彼らの子細な統治を町村落の長に委ねた武士団ではなかったか。

それは大きな政府という人知から社会を設計する福祉家たちの夢想よりも、小さな政府という自然知から社会を営む実際家の信念ではなかっただろうか。ならば私たち日本人に蓄積された英知は、人為による経済と市場による経済のどちらに適しているだろうか。

私は保守主義者を自認する人々には国史の正確な理解をお願いしたい。明治よりも以前の世界に飛躍して我が身をそこに置くようなつもりで父祖たちの生活を想像してもらいたい。そして私たち日本人に蓄積された英知がどのような性質のものであるかを考えてもらいたい。

担ぎ屋 1860年代 F.ベアト

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by hishikai | 2009-09-19 14:30 | 憲法・政治哲学
2009年 09月 16日
新しい自由
e0130549_1353536.jpg個人主義や自己責任という言葉はいまや徹底的に叩きのめされ、悪臭の漂う手垢にまみれてしまった言葉であるが、それでも私たちがそれらの言葉に手を添えて助け起こしてやらなければならないのは、それらが人間に欠くことのできない自由の忠実な従者だからである。

自由とはそもそも他人に迷惑をかけない限りにおいて、まだ試してもいないことを予め「だめだ」と遮られないことで、そのとき彼の行動を個人主義が「何が一番幸せであるかは誰も知り得ない、それは本人にしか分からないのだ」と弁護し、自己責任が「その結果については彼本人が責任を引き受けるであろう」と保証して、これを後押しする。

だが現代において、そのような考え方が受入れられることはない。現代人の幸福への道筋には交通標識のような定式が与えられ、その結果には鋳型のような定形が与えられている。したがって政府がこれを支援することに容易であり、人々もこれを受入れることに安易である。例えば小沢一郎はその著書『小沢主義』で次のように言う。

みんなが幸せな生活を、豊かで平穏な生活を送れるようにするために、何をすべきか。それを考えるのが、政治の役割、政治家の役割であって、それ以上でもそれ以下でもない。(小沢一郎/『小沢主義』)

この思考には何が幸せであるか、何が豊かであるか、何が平穏であるかを最初から問い直そうとする回路が欠落している。それらはあらかじめ決定されているために、あたかもショウウィンドウの中の定食サンプルである。政府は素材も盛り付けも同じ幸せの定食を配給し、国民は嬉々としてこれを受け取っている。

それでも日本人が自分を自由だと思い込んでいるのは、個人主義と自己責任を従者とした古典的な自由の解釈に対して、現代の新しい自由の解釈が取って代わり、人々の脳内に君臨しているためである。そして新しい自由は脳内の玉座からこう言い放っている。「政府が国民生活を保障し、人々を経済問題から解放したとき、はじめて人々は自由なのだ」と。

こうした自由の変更がいつ行われたかについて正確な日付は定かではない。が、少なくともそこに産業革命による労働者の困窮と、これを救おうとした人々の憤りが反映されていることは間違いない。それはフェビアン協会でありマルクス主義である。(事実としてはヨーロッパの社会改革が、より実際的な動機に基づいていたことは前に書いた。)

それは全く当然の憤りであるし、労働者の困窮については大いに同情すべきである。しかし彼らはやり過ぎたのだ。生存権と呼び名を変えて日本国憲法に受け継がれた彼らの主張は、戦後日本人の臓腑の底の底まで汚染してしまった。憲法の謳う「最低限度の生活」の内容は際限もなく高められ、政府への要求はいまや止まるところを知らない。

産業革命の頃の貧しい労働者たちが人間らしい生活を望んだのは当然であるとしても、彼らは貧しいが故に人間の自由を忘れ、人間の自立を忘れ、やがて唯物的になったのだ。日本人が信じて疑わない政府による国民生活の保障にしても、その美名とは異なり、いびつで苦悶に満ちた彼らの主張が土台となっていることを、私たちは覚えておくべきである。

1905年、ロシアのオデッサで皇帝に憲法制定をむりやりに承認させて歓喜する革命家たち

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by hishikai | 2009-09-16 13:18 | 憲法・政治哲学
2009年 09月 07日
鳩山論文に就いて
e0130549_13252128.jpgVOICE+に掲載された論文『祖父・一郎に学んだ「友愛」という戦いの旗印』の中で鳩山由紀夫民主党代表は、自由と平等という長いあいだ近代人を悩ませ続けてきた二つの概念と、自身の掲げる友愛との関係について多くの字数を費やしながら述べている。

ここで彼は1935年にC.カレルギーが自由と平等の均衡を図る目的から自著で「友愛」の理念を提唱したこと、祖父・鳩山一郎がこの「友愛」に共鳴したこと、これが自民党の労使協調政策に影響を与えて日本の高度経済成長期を支える思想的基盤になったことを紹介する。

その上で、今日の道義と節度を喪失した市場至上主義に対して歯止めをかけ、国民経済と国民生活を守っていくという課題のもと、彼は友愛を自由の本質に内在する危険を抑止する役割を担うものとして位置づけ、これを旗印として立とうと決意したのだという。

この辺りの論の運びはいかにも「スマート」だが、要するに彼は自身の考える今日的な要請から、かつては自由と平等の仲裁者であった友愛の理念を、平等の擁護者へとその解釈を根本的に変更し、その上で自身の標語に採用したということである。

もっとも彼の率いる民主党が打ち出した富の再分配を強く押し進めようとする政策の、その動機を自由と平等の問題という把握の仕方で説明しようとしたことは、わが国の政治風土あるいは国民一般の意識のあり方を考えれば評価に値する。

しかしながら彼が自由と平等の問題に、友愛というどこからどう見ても道徳的な理念を持ち込んだことは「自由/平等」という政治の問題を──これまでもそのような傾向は多分にあったが、なお一層──「不平等/平等」という正邪の問題に変質させたように思われる。

そして今回の政権交代が本格的な二大政党制への契機であるとしても、政権党がどちらであれ富の再分配の是非が正邪の問題である限り、自党の政策を「不平等ではありますが何卒ご理解を…」などと説明することはできず、したがって争点は平等の多寡でしかなくなる。

そうなれば、所得の使い道こそ最も端的に表明された人間の自由であるという主張はエゴイストの戯言となり、富の再分配の彼方には強制収容所が控えているという主張は笑い話となる。そして革新党は格差是正から、保守党は愛国心から富の再分配を要求することになる。

1951年、ニースのアパートで、お気に入りの鳩をスケッチする82歳のH.マティス

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by hishikai | 2009-09-07 13:29 | 憲法・政治哲学
2009年 08月 10日
社会について
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私が、一九七九年に留学先のドイツからイギリスのボーンマスを訪ねたのは、ちょうど保守党のマーガレット・サッチャーが労働党から政権を奪還したときのことでした。彼女の有名な言葉に、「社会というものは存在しない。存在するのは個人だけだ」というものがあります。当時、私はそれを聞いて、とても違和感を覚えましたし、強い反発心が起きました。(姜尚中 著/『希望と絆』より)

社会というものは存在しないという言い方が、日常の感覚に照らして違和感のあることは分かる。しかしM・サッチャーの言葉が自由主義思想の理解の上に成り立っているとすれば、その意味するところは概念や意識の産物を客観的に存在する実体であるかのように考えることへの警鐘である。

近頃よく耳にする「社会全体が子供を育てる」という言葉にしても、この「社会」が具体的には物体でも精神でもなく、かといって事務局や窓口を持った組織でもないことは明白である。また補助金による育児支援にしても実像は政府による富の再分配で、実体として存在する社会が意思を持って育児を引き受けてくれるわけではない。

だからと言って社会が全く無いというのでもないが、しかしながら、それは個人が千差万別の目的や価値観に従って行動する結果として浮かび上がる秩序の全体を指す概念としてあるのみである。それは実体として存在する個人という無数の点が描き出すパターンである。それら個人の行動は理性で特徴づけられるのではなく、慣習により特徴づけられている。

例えば今、私は朝の散歩をしている。向こうから来た人が「おはようございます」と挨拶をすれば、私は「おはようございます」と答える。しかし、私は「おはようございます」の根拠を知らない。何時、誰が、どのような理由で始めたのかも知らない。ただ私が知っているのは、昔から伝えられてきたやり方のみである。私の行動は慣習に特徴づけられている。

この根拠を問うことなくやり方だけを知っている慣習に特徴づけられた個人が、千差万別の目的や価値観に従って行動する、その結果として浮かび上がるパターンであるところの社会。それは自然による発生ではなく、人為による設計でもない。人間的でもなければ非人間的でもない。当然のことながら「支え合いの仕組み」などという単純なものでもない。

そのような社会に政府が特定の目的を実現するためのデザインをもって介入すれば、必ずその企図から漏れる領域が生じる。ならばと新たなデザインをもって再び介入すれば、再び企図から漏れる領域が生じる。ならばと新たなデザインを……と介入は無限の連鎖となって当初の意図から大きく逸脱する。これら一連の事柄について、ある論者は次のように言う。
われわれは社会の存在を信じ込まされてきた。社会は生きているものとして、あるいはむしろ活発に活動しているものとして示されてきた。社会と個人の関係は全体と部分の関係であり、社会は一定の目的に従って行動する存在物、しかも個人が自身の特定利益を犠牲にしなければならない存在物として示されてきた。近代のわけのわからない政治用語はこれらの迷信を反映している。(P・ルミュー)


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by hishikai | 2009-08-10 14:06 | 憲法・政治哲学