カテゴリ:憲法・政治哲学( 83 )

2009年 05月 20日
買い物としてのデモクラシー
e0130549_05065.jpg1万人の人々が自分の好きな車に投票することに合意する。どの車が勝とうと人々はその車を買わなければならない。そこで私は最良の車を見つけようと努力するが、結局報われない。私がどんな決定をしても、私の車はその集団の他のメンバーが私のために選んだものである。(自由のためのメカニズム/D・フリードマン)

デモクラシーとは、政治的リーダーが政治の生産者となり、投票者が政治の消費者となって、生産者が票の獲得競争を繰り広げ、より多くの票を得た生産者が政権の座に着くことを指す。それは政治的決定に到達する方法、決め方の決め方であると主張したのはJ・シュンペーターだった。

その考え方で良いと思う。デモクラシーの要諦は手続にある。しかし致し方のない事とはいえ、実につまらない買い物ではないか。私が(あるいは、あなたが)どの車を選んだとしても、結局のところそれはD・フリードマンの言う「その集団の他のメンバーが私のために選んだもの」でしかないのだ。

またその車にしたところで、走行テストの結果があるわけでも、ユーザーのクチコミがあるわけでも、専門誌による試乗評価があるわけでも、販売台数の伸びや価格の高下による市場のシグナルがあるわけでもない。そんな車の性能が良くなるわけがない。

おまけに公約を読んでいる時間もない。人間は情報の取得がコストに見合わない場合は、不完全な情報に甘んじるものだ。たとえ読んだとしても「速度・デザイン・燃費」か「デザイン・燃費・速度」か「燃費・速度・デザイン」か、その書かれた順序によって感じ方が違う。

そう、結局は感じ方なのだ。坑夫が何千人かかって、やっとの思いで掘り出したダイアモンドだって、砂漠ではコップ一杯の水に劣るかも知れない。「ああ、うまい」っていう砂漠での最期の一杯、その満足する「主観」が物の価値を決定する。そうして誰かが選んだ車に、私は自分と家族の未来を託すのだ。

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by hishikai | 2009-05-20 00:10 | 憲法・政治哲学
2009年 05月 18日
善き民主主義体制に就いて
e0130549_1124291.jpg戦後一般に信じられた歴史に異を唱えることを執拗に嫌悪し、議論の最中にこちらがびっくりするほど怒るのは、大抵の場合、民主主義者を自認する人々で、そういう後でいつも考えさせられるのは、個別の論点についてではなく、何故あれほど感情的になって怒るのかということで、こればかりは未だによく解らない。

ただ感触として、彼らの考える社会には民主主義を守るとか、平和を守るとかいった目的があり、かつ市民にはそのために努力すべき任務が考えられているように思われ、そのことに対して私は先ず第一に違和感を覚える。というのは目的や任務を持った社会というものは、実のところ社会ではなく組織だからだ。

何か大変に進歩的であるように考えられている民主主義体制というものは、一旦それを組織と考えて、目的と任務を着眼点として眺めるならば、徳治主義的な世界の実現を目的として、人々に道徳規範の実践や職分を守ることを任務として定めた江戸時代の儒教的社会観と、その性質で何ら変わりがない。

これは会社でもそうだが、組織というものは構成員の役職や身分によって相応の応接が用意されているもので、このことは組織の中にあっては人間は常に何者かであることが求められることを意味している。つまり目的や任務に関係のないアカの他人はいないのであって、これは我国の善き民主主義体制もまた同じである。

ところがこの濃密な組織論は、近代でいうところの社会が、構成する人々全てをアカの他人として扱うという認識を欠いている。K・ポパーの表現を借用するならば、社会は「1からnまでそっけなく番号をつけられたn人の個人からなる集合」で、だからこそ互いの意見は対等なものとして脱道徳的に尊重されるのだ。

民主主義者が議論で見せるあの怒りは、善き組織に異を唱える不埒者への鉄槌であるのかも知れない。だが彼らが善き組織から善き結果が流れ出すと考えているならば、それほど簡単な話はないわけで、往々にして現実はそれを裏切る。そういう熱血は戦前と鏡写しになった同じ轍を踏んでいる。

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by hishikai | 2009-05-18 11:34 | 憲法・政治哲学
2009年 05月 15日
方法論的集団主義と方法論的個人主義
e0130549_1154773.jpg方法論的集団主義は人々の集まりを、ひとつの集合体と考える。その上で集合体の性質は、これを構成する個人の性質に還元できないとする立場を云う。例えば「国家」という構成体を、直接かつ客観的に認識できる「共同体」と捉えて、これが個人と同じく意思を持つ実体であると考える。

方法論的個人主義は人々の集まりを、個人を要素とする集合体と認めながらも、集合体の性質は、これを構成する個人の性質に還元できるとする立場を云う。例えば「国家」という構成体を、人の頭の中で構成された抽象概念と認識して、個人の織り成す無数の行為が一つの意思を持つことはないと考える。

こう云うとひどく頭の痛いような話だが、此処は学究の場ではないので誤りを承知で極端に要約すると、例えば国家を論じる場合「国家から考え始める立場」と「個人から考え始める立場」とがあり、論者がどちらの立場を選択するかによって、その世界観が全く異なるという話である。

そしてこの点で私達日本人はどうかと云えば、明治以来ずっと方法論的集団主義で世界を把握してきた。国会やテレビで「国民は⋯」と云うとき、その世界には国民という直接かつ客観的に認識できる実体が想定され、そのために「国民が一つの意思を持つ」ことは自明の事として考えられている。

しかしこのような考え方が支配的な集団の中では、ともすると個人の存在は、国家や国民や社会という「共同体」の中に融け込まされてしまうため、例えば福沢諭吉のような「一身独立して一国独立する」「立国は私なり、公にあらざるなり」という、個から全体へ広がる思考の流れは理解されにくい。

また国家という「共同体」を最初に想定すると、民族という「共同体」の置き場所が難しくなるのではないか。近代国家の制度に民族性を反映すべしという類いの主張は、国家と民族の関係に混乱があるように思われる。この辺りは方法論的個人主義で国家を抽象概念、即ち統治のシステムと割切ってしまった方がよい。

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by hishikai | 2009-05-15 11:16 | 憲法・政治哲学
2009年 05月 13日
福沢諭吉の「独立」
e0130549_1328176.jpg外国に対して我国を守らんには、自由独立の気風を全国に充満せしめ、国中の人々貴賤上下の別なく、その国を自分の身の上に引受け、智者も愚者も目くらも目あきも、各々その国人たるの分を尽くさざるべからず。(中略)国のためには財を失うのみならず、一命をも抛って惜しむに足らず。(学問のすゝめ/福沢諭吉)

福沢諭吉の面目躍如たる一文である。彼の学問は知識のための学問ではなく、どこまでも国の独立を願う啓蒙の学問であった。それには先ず国民一人一人がその内心に独立の気風を養わねばならぬというのが彼の主張で、そのことは「一身独立して一国独立する」という第三編の表題にもよく表れている。

若い頃の福沢は蕎麦を食べても無一文のため着ていた襦袢を置いてくるほどだったが、それでも常に本を持ち歩き、桂川甫周の屋敷にも度々洋書を借りに訪れたという。甫周の娘みねは、そんな貧乏な福沢が「乞食は怠け者が多いから、無闇に物をやるのは怠け者を増やすようなものです」と云うのを印象深く憶えている。

こういった考え方は今日、弱者に厳しい個人主義と受け止められるかも知れない。だが我国で考えられる個人主義はエゴイズムに近すぎる。我も貧乏、彼も貧乏。しかし常に自分を頼み、独立の気風を維持しようとするのが個人主義である。福沢の言動はまさに「一身独立して一国独立する」の実践と云ってよい。

この考えは勝海舟の江戸無血開城を批判した『瘠我慢の説』にも一貫している。同書は狂信の書ではなく、その主張は冒頭の「立国は私なり、公にあらざるなり」に尽くされている。それは一夜にして幕府の公が徳川の私となって降参する弱い公共意識を危険視し、明治日本では個人による強い公共意識を建築すべきと説く。

だが容易には理解されなかったらしい。福沢がこれと同じ内容を鹿鳴館で演説し、日本人は士風を失ったと論じたとき「西洋文明に酔わしめたのは誰が先鋒だ」と聞こえよがしに云った者がある。この底の浅い批判に接して福沢諭吉の胸に去来した口惜しさは如何ばかりであろう。察して余りある。

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by hishikai | 2009-05-13 13:38 | 憲法・政治哲学
2009年 04月 20日
道徳的世界
e0130549_1544314.jpgどの道徳体系においても、私は常に気が付いていたのだが、その著者は、しばらくのあいだ通常の仕方で論究を進め、それから神の存在を立証し、人間に関する事柄について所見を述べる。ところが、突然、出会うどの命題も「である」とか「でない」という普通の連辞で命題を結ぶ代わりに「べきである」または「べきでない」で結ばれていることに気付いて、私は驚くのである。(D・ヒューム)

もし道徳が幾何学や代数学のような確実性をもたらすことができるのであれば、人間世界の諸事全般の中の、どこにでも普通に見ることが出来る人間の徳や悪徳といったものを、例えば質の程度や量、数の割合のような基準を用いて、その諸関係の中に明示することが出来るはずである。

そして、それらは当然のことながら、生命を持たない物質に対しても、その基準を用いて言及できるはずであるのだから、例えば机と椅子はどちらが道徳的に価値が高いのか、太陽の運行と月の運行はどちらがより道徳的に好ましいのかといった議論も大真面目に行われなければならないであろう。

ところが事実として、そのような話は聞いたことがない。結局のところ「である」とか「でない」という結句で文章を終えることが出来る事柄と「べきである」または「べきでない」という結句で文章を終えることが出来る事柄とは本質的に異なるということを、人間は希望を込めて、曖昧にしたがるということではないか。

希望を込めてとは、人間が自分の生きる世界の隅々に至るまで本来は道徳で律することが出来る、そう思いたいという願望のことで、そういう気持も解らないではないが、例えば市場といった仕組が、道徳とはほとんど無縁でありながら、人間生活の大部分がその影響下にあることを考えてみても、道徳の限界は明らかであろう。

道徳は人間が社会の中で他者と関わりながら相互の安全のために取り交してきた黙約である。だから同じ事柄でも時代により道徳的な価値は変動するし、それが人間世界の陰翳である。いくら太陽光が善いからといって、世界の隅々まで日向であったならば、その世界は地獄である。

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by hishikai | 2009-04-20 15:10 | 憲法・政治哲学
2009年 04月 06日
近代史の読み方
e0130549_2229520.jpg明治大正の人々をして徳川期は封建的だと言わしめたように、前代の価値を否定して当代を正当化することは一個の手段としてはあってもよい。しかし私達の生活する戦後日本という時代の異常は、それを手段に用いるという以上に、その思想と体制の存在意義の全てを前代の否定の上に立脚させている点にある。

したがってマスメディアや言論界が人間の自然の情動として近年進みつつある前代の再評価、即ち明治維新から敗戦までの歴史への再評価という動きを、躍起になって潰そうとするのは時代で糊口をしのぐ者の反応としては当然であろうが、それでも異常なものは異常として戦後日本はいずれ精算されるべきだと私は思う。

そのとき直接の争点となるのは大東亜戦争の敗戦と、時代がそこへ流れ込んでゆく過程をどう考え、どう評価するのかということで、この道のりで最初の分岐点となるのは、時代の運動の原動力を一部為政者の政策に求めてゆくのか、あるいはそれを当時生きていた人々全体の思潮に求めてゆくのかということであろう。

この点で戦後は前者の方法、つまり時代の運動の原動力を一部為政者の政策に求めることが専らで、したがって論者が戦前の歴史に肯定的な立場であれ否定的な立場であれ、その思考の営為は常に一部為政者と一部軍人に対する人物評価に終始し、ここに時代に翻弄される無辜の大衆を対置するという構図を描いてきた。

だが国民国家の歴史を観察するならば、為政者の政治生命存続の是非は如何に大衆の意思を明敏に察知するかにかかっており、また彼等の政策決定の要諦もその延長線上にあるのが実際で、そもそもナショナリズムの源泉が為政者の脳裏にあるのか、大衆の脳裏にあるのかを考えれば、これまでの方法の欠陥は明らかである。

したがって今後大東亜戦争の敗戦とその前史を探るにあたっては、当時生きていた人々の思潮の分析に多くの労力を費やすべきであろう。そのとき有用な資料となるのは大衆の嗜好を反映して生き残ってきた文学作品と多くの著作物で、これに対する検討が戦前の歴史の実相を照らし出す大きな手掛かりになると私は思う。

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by hishikai | 2009-04-06 22:31 | 憲法・政治哲学
2009年 03月 22日
「滅びるね」
e0130549_010539.jpg夏目漱石は何を考えていたのか。そのことで世間に誤解があると思う。『三四郎』で広田先生が日本は「滅びるね」と云う場面は夙に有名だが、例えばこれを政治評論家の森田実は「西欧のまねをして一等国になったつもりで浮かれていると、この国は滅びるね」と紹介していて、一般にもそう理解されている。

しかし「西欧のまねをして一等国になったつもりで浮かれている」という筋から「滅びるね」を引出すのは案外に難しい。この左辺と右辺の媒介者として戦後の言論は日露戦勝で驕り昂った陸軍を持出して来るのだが、これは後ろから読んだ歴史で、少なくとも漱石の視点ではない。漱石は講演で次のように話す。

我々のやっている事は内発的でない、外発的である。これを一言にして云えば現代日本の開化は皮相上滑(うわすべ)りの開化であると云う事に帰着するのである。(中略)しかしそれが悪いからお止しなさいと云うのではない。事実やむをえない、涙を呑んで上滑りに滑って行かなければならないと云うのです。(現代日本の開化/夏目漱石)

漱石は日本の近代化の進展が外発的であること、その内実が模倣であることを憂う。しかし「それが悪いからお止しなさいと云うのではない」と云う。また「事実やむをえない」とも云う。だから漱石の警告はここに鉾先を向けたものではない。問題は人々がこの事態を認識する、その仕方その欺瞞にある。

漱石は人間が心を隠さずに現わすとき罪悪は清められると考える。そこから日本人が、日本の西欧化を、あたかも自身の内なる欲求の自然の成果であるかの如く認識するのは欺瞞で、そのような欺瞞はいずれ自覚される。そうなれば日本人は「事実やむをえない」現在の状態を脱しようとするだろう。その結果が「滅びるね」なのだ。そのことは『夢十夜』の第七夜に、こうある。

こんな〈西へ向かう〉船にいるよりいっそ身を投げて死んでしまおうかと思った。(中略)あたりに人のいない時分、思い切って海の中へ飛び込んだ。ところが──自分の足が甲板を離れて、船と縁が切れたその刹那に、急に命が惜しくなった。心の底からよせばよかったと思った。けれども、もう遅い。(夢十夜/夏目漱石)

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by hishikai | 2009-03-22 00:31 | 憲法・政治哲学
2009年 03月 18日
模倣者
e0130549_18113093.jpg「馬鹿っ」その瞬間、私は突然恐ろしい父の怒号を耳にした。が、はっとした時には、私はすでに父の一撃を割れるように頭にくらって、湿った地面の上にぶっ倒れていた。その私を、父は下駄ばきのまま踏む、蹴る、頭といわず足といわず、手に持ったステッキを滅茶苦茶に振り回して、私の全身へ打ちおろす。兄は驚愕のあまり、どうしたらよいのか解らないといったように、ただわくわくしながら、夢中になってこの有様を眺めていた。(父・夏目漱石/夏目伸六)

夏目漱石の次男、伸六は小学校入学以前のこと、神社の境内にあった見世物小屋の前で、兄の真似をしてぐずって見せたところ、怒り出した父から激しく打擲された。その時伸六は、なぜ自分がこんな目に合わねばならないのか、その理由が全く解らなかったが、後年、父のある講演記録が目にとまった。

私の所の小さい子供なども非常に人の真似をする。一歳違いの男の兄弟があるが、兄貴が何か呉れろといえば弟も何か呉れろという。兄が要らないといえば弟も要らないという。兄が小便がしたいといえば弟も小便をしたいという。それは実にひどいものです。総て兄のいう通りをする。丁度その後から一歩一歩ついて歩いているようである。恐るべく驚くべく彼は模倣者である。(模倣と独立/夏目漱石)

そこから伸六は、漱石が生来の激しくオリジナルな性癖から、世間一般に幅を利かせる模倣者達、平然と自己を偽り、他人を偽る偽善者達に対して、絶えず心の底に抱いていた軽蔑と憎悪、その乾き切った真実性に対する執着に裏打ちされた強い憤懣が、あの時、我が子に向かって爆発したのだということを理解したという。

だがそれは日本国家と日本人全体に向けられた憤懣だった。日本の近代化というものが常に後追いと模倣の連続であること、しかしながら時間的制約によって、これが如何ともし難いこと、その事態に人々が無自覚であること、そういった事々に対する行き場のない感情が、あの悠然とした風貌と洒脱な作品群の向うに鬱々として潜んでいた。そのことは、今日の私達にとっても決して昨日の問題ではない。

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by hishikai | 2009-03-18 18:17 | 憲法・政治哲学
2009年 03月 15日
人権思想と人間の現実
e0130549_654859.jpg報道によれば埼玉県の中学校に通うフィリピン人、ノリコ・カルデロンさんの両親が不法在留のため日本政府から国外への強制退去を命じられていた問題は、ノリコさんだけを日本に残して4月に両親がフィリピンに帰国、ノリコさんの面倒は母方の叔母さんが見ることで決着がつきそうだ。

今回の件ではアムネスティ・インターナショナルや支援者から「児童の権利に関する条約」の第3条1「児童に関するすべての措置をとるに当たっては(中略)児童の最善の利益が主として考慮される」と同第9条1「児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する」という規定が示された。

つまりこれら規定に照らして、日本政府がノリコさんの両親に退去強制を行うことは締約国としての義務に違反し、かつ国際人権基準に違反するという指摘である。従って今回の件で考えるべきは、報道姿勢とそれへの反発による同情か法律かといった問題ではなく、人権思想と人間の現実との整合性に就いてではないだろうか。

人権思想は専制政治に対抗するイデオロギーとしては有効であったが、人が人であることを理由として保障される権利という、その理念自体はフィクションである。市場は人間の必要から歴史的に発生したが、人権は人間の思索から非歴史的に説かれた。それは人間の社会性を忘れた超越的な道徳論でしかない。

人間の存在規定がどうであれ、現実の私達は一定の役割の中で各人なりの目的を持って生活している。そして各人の目的が衝突することがないよう、各々の権利はその範囲を決められている。そのことを定めた法律は社会に生きる人間の相互承認の結果でもある。従って誰かの希望が法律への違背よりも優先されてはならない。

人権思想が法律を跳び越して私達に命令を下すとき、その命令は歴史に見られた国家の姿、人間の歴史的経験、文化的伝統、日常の利害関心を無視した強圧的な義務を語ることになる。そのことは却って人々を権利から遠退かせるだろう。真に法の基準とすべきは超越的な道徳論ではなく、経験に則した社会の法なのだ。

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by hishikai | 2009-03-15 06:22 | 憲法・政治哲学
2009年 03月 06日
ke-go様 保守主義について
ここ数日は絵に描いたような貧乏暇なしで返事が遅くなってしまいました。誠に申し訳ありません。この話は少々長くなりそうなので、こちらに記事として書きます。その前に、以下に使用する用語は専門的な方面から見れば誤りが多いと思いますが、これは私の勉強がいい加減なためです。先ずその点をご承知置下さい。

仰ることはよく判ります。せいろん談話室でもそうでしたが、ある年代の方々の中には保守主義を名乗りながらも、実際は戦後の復興と自身の仕事の足跡を重ね合わせて、これを賞賛しているように見受けられた方もあり、私はそのような投稿を読むと「この人が保守しようとするのは戦後ではないか」と首を傾げたものです。

そうした見方からすれば、我国の江戸期から明治、そして戦後と千変万化の政治状況の変化に対して、我国の保守主義が一体何を基軸として、何を保守すべきなのかという問題は当然のように浮び上がってきます。

ところで、17世紀以降の西欧に於ける近代政治思想には「国家/市民社会」という区別が重要な前提としてあり、特にホッブズからヨーロッパ大陸のカント、ルソーへと至る思想家達は、如何にして市民社会の混沌に秩序を与え、これを善き国家へと連結させていくかに苦心しました。

今回取上げた英国保守主義もご多聞に漏れず「国家/市民社会」の区別を前提としていますが、彼らは「市民には市民の経験的な私的自治がある」と考えて、これを意識的に国家へ連結しようとはしませんでした。彼らは国家と市民が理論で架橋されることを信じなかったのです。

どちらの考え方が良いかは別として、我国では「国家/市民社会」という区別そのものに馴染みがありません。それは市民社会というバタ臭い言葉にも原因があるでしょうが、それよりも私達日本人が統治者の政策と私達の日常生活が、あたかも一蓮托生のことであるかのように捉えている感覚に因ると思います。

しかし現実の生活に省みて、私達が最も長く付き合わなければならないのは、生まれつきの才能や、資産の多寡や、家族の愛情や、幸運や不運といったことによる人生の問題です。確かに明治政府の発足は歴史的事件ですが、同時にそのとき寒村の生活は昨日と同じ今日が黙々と営まれて、人は人生に悩んでいたと思います。

そしてそのような人生の問題が人の一生で最も長く付き合わなければならず、人の圧倒的多数がそうであるのならば、人間はそもそもどのようなものであるのか、人間の集まりである社会とは何かといったことを、国家とは区別された市民社会という視点から考えてみることは、日本人といえども重要なことであると思います。

市民社会が馴染みにくい言葉であるのならば、民草の生活といった言葉でもよいと思います。そして私達が、そのような民草の生活に渾身の共感を抱く時に、やはり民草の生活の永い時間の産物である慣習や文化、その淵源であるところの天皇陛下の御存在にも限りない愛情が生ずるのではないでしょうか。

この徳川や薩長といった体制の性質に関係なく歴史の中に存在してきた、天皇陛下と民草という二本柱こそ「日本」です。例えば二二六事件蹶起将校が陛下を貧民救済の象徴と考えたこと、被差別民解放を訴えた水平社の人々が行幸に接し陛下の御手が彼らに振られて歓喜したことも、そのような考え方に基づいているのだと思います。

我国の保守主義が一体何を基軸として、何を保守すべきなのかという問題について、私の場合は以上に述べました民草の生活を基軸として、政府に頼らない日本人の自立性を保守すべきと考えております。もっともこれは、現在では保守ではなく回復が望まれるものです。

しかし、かつての日本人には、お上に頼らない私的自治が在ったと私は思います。そのことが『逝きし世の面影』についての記事で言いたかったことです。現在の私達は自身を国民と称しますが、本来私達は国民というような国家に取り込まれた存在ではないはずです。

だんだんピントがずれていくようなので、この辺で終わりにします。最後に小泉改革と保守主義の関係ですが、あれが自由主義的改革であるのならば、それは保守主義と自由主義の関係になると思います。そして英国保主義者の呼び方に従えば自由主義は「世俗的保守主義」です。

英国保守主義者が人間の不完全性を考えるとき、そこにはキリスト教的な原罪意識があります。自由主義者も人間は不完全であると考えますが、それは現実の必要からくるものです。つまり自由主義は保守主義の宗教的な要素を人間の現実から追求した思想です。この辺りは我国でも神道との関係で表れていると思います。

by hishikai | 2009-03-06 03:32 | 憲法・政治哲学