カテゴリ:憲法・政治哲学( 83 )

2009年 03月 04日
英国保守主義の三原理
e0130549_1410285.jpg我国で保守的という言葉は否定的な意味合いに使われることが多い。ましてや保守主義者などと名乗ることは、ほとんど自分が右翼か国粋主義者であると宣言したに等しい。こうした世間の見方は進歩こそ正義であるという後発国根性の賜物で、我国のように永い歴史を誇る国にあっては実に矮小な了見と言わざるを得ない。

だが一方で保守主義が体系的な理論を持たないことも一因となっている。これを補強するには16世紀のR・フッカーから18世紀のE・バークを経由して20世紀のM・オークショットに至る英国保守主義者の言説を貫く三つの原理が参考になる。そのことをA・クイントン『不完全性の政治学』を道標にして以下に述べる。

第一は伝統を大切にすること。それは確立された習慣や制度に対する愛着や尊敬となって現れる。社会の秩序は、誰とも特定できない多くの先人たちの実際的な智慧の結晶であるということ、あるいは政治的決断を下さざるを得ない状況下で行われてきた適応修正の結果であるということ、その考え方を指す。

第二は社会を有機体と考えること。それは社会を構成するのが抽象的な個人などではなく、家族や地域社会や職場の中で歴史的に受継がれた慣習や制度に織込まれて独特の社会性を持つに至った人間であるということ。社会の制度が人間を社会的存在にする。社会はそのような働きをする生きた全体であるという考え方を指す。

第三は政治に懐疑的であること。人間社会の諸問題を適切に解決するための政治的な智恵は、孤高の思想家たちの思弁的な理論や、それに基づいて設計された政策の中にではなく、永い歴史を通じて社会全体に蓄積されてきた経験の中にこそ見い出されるのであって、政治はそれを調整する手段に過ぎないという考え方を指す。

これら三原理、つまり伝統主義と有機体主義と政治的懐疑主義は、いずれも一個の人間は道徳的にも知的にも不完全なのだという観察に支えられている。そしてそのような人間の不完全性を、理性の力で叩き直すことなど出来はしないということも同時に知っている。だから人間は過去の人々の経験を必要とする。

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by hishikai | 2009-03-04 13:57 | 憲法・政治哲学
2009年 02月 24日
戦後日本人の自画像
e0130549_41292.jpg戦後日本人の自画像によくあるのが「日本人は敗戦でアメリカの民主主義を受入れた」と言いながら「小泉竹中改革のようなアメリカ的発想は日本人の性分に合わない」と言う態度である。しかし日本人がアメリカの民主主義を受入れたのならば、小泉竹中改革もすんなり受入れるはずで、両者の並記は辻褄が合わない。

例えば合衆国憲法と占領軍が起草した日本国憲法が全く異なる原理に立脚している事実はどう説明するのか。日本国憲法の基本原理である「主権在民」は合衆国憲法の条文にこれを見い出すことが出来ず、また合衆国憲法が改正するに易い軟性憲法であるのに対し、日本国憲法が改正するに難い硬性憲法である点も異なる。

このことは占領軍が日本に導入した民主主義が自由を重視するアメリカ型の民主主義ではなく、フランス革命に端を発し、やがて欧州大陸でファシズムや社会主義へと移行していった、平等を重視するヨーロッパ型の民主主義であったことを意味している。

民主主義ならば全部同じと思ってはいけない。ヨーロッパ型の民主主義の基底となる欧州大陸思想と、アメリカ型の民主主義の基底となる英米思想とでは根本的な考え方が全然違う。欧州大陸思想は「人間のあるべき姿」を追い求め、英米思想は「人間の現実にある姿」を追い求めた。それだけ両者は水と油なのだ。

欧州大陸思想が「人間のあるべき姿」を追い求めて民主主義を形成するとき、それは道徳論となる。民主主義を道徳に拡大して各人の平等を重視する。英米思想が「人間の現実にある姿」を追い求めて民主主義を形成するとき、それはシステム論となる。民主主義をシステムに止めて個人の自由を重視する。

日本人は戦前の欧州大陸思想の強い影響が尾を引いて、戦後もなお「人間のあるべき姿」から政治や経済を考えている。こうした中で2001年以降の小泉竹中改革は日本人が歴史上初めて出逢った「人間の現実にある姿」から政治や経済を考えた英米思想で、日本人はこれを市場原理主義と呼んで現在に至っても嫌悪する。

だがそれは「日本人の性分に合わない」などという主体的な問題ではなく、明治から慣れ親しんだ欧州大陸思想が、不慣れな英米思想に異物反応を示しているに過ぎない。つまり戦後日本人の本当の自画像は、自身が誇るほどに伝統的思考の持ち主でもなく、また自身が嘆くほどにアメリカナイズされてもいないのだ。

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by hishikai | 2009-02-24 04:21 | 憲法・政治哲学
2009年 02月 22日
中川昭一著『飛翔する日本』より(二)
e0130549_5545420.jpg中川昭一氏のG7での態度は政治家として失敗であると私は思う。だがここ数日の国内報道を見る限り、氏は個人として潰されようとしている。よって氏が以前著書『飛翔する日本』で主張した思想や政策を前回よりも踏込んで抄出する。中川昭一氏の評価に以下の主張が加えられることを願う。─以下抄出─

内需の喚起は税の議論もあるが、何よりも企業の収益が向上し、給料を上げたり、非正規雇用者を正規雇用者にするなどして、平均賃金の引き下げを一つの要因として下がっている労働分配率(企業の生産した付加価値に対する人件費の割合)を少しでも上げて行くことが重要だ。(中略)そして、今まで労働者の負担の上に企業業績の回復が成し遂げられてきたことを見ると、今回は企業も応分の負担をすべきときだ。(第一章/強い経済こそ国のささえ)

「バーチャルウォーター」という概念がある。食料が生産されるときに使用される水を計算し、そのモノを輸入することは水を輸入しているのと同じとする考え方だ。(中略)世界中の水が足りなくなっている時代に、食料を外国から買うことは、日本が他の国の水を奪っているとも言える。食料の節約は家計にプラスになるだけでなく、世界の水問題にも貢献するのである。(第二章/複雑化する多極間競争にどう勝つか)

「この時代に一方的な武力侵攻はない」と思われるかも知れない。確かに突然中国の人民解放軍が台湾を攻めるということはないと、私は思う。(中略)中国が台湾を武力占領するとすれば、台湾の行為をきっかけにして自らを正当化させる口実を確保してからだ。これは中国にとって特別なことではない。チベットの場合もそうだった。(第三章/世界に通用する政治)

二〇〇六年一〇月、北朝鮮のミサイル発射と核実験が行われた直後に「日本も核保有の議論をする必要がある」と言ったことで、私は批判の渦中に置かれた。(中略)しかし今でもあの発言は当たり前のことだと思っている。(中略)北朝鮮の核攻撃に対して、国民を守る対応策を講じるのは、政治家として喫緊の対応を迫られる問題だ。(第四章/日本は成熟の先を目指す)

歴史教育では、日本の子どもたちのための教科書をつくるのは当たり前のことだ。自国の視点がなく「いったい、どこの国の教科書か」と思うようなものが存在する。これでは日本人としての誇りも、自覚も生まれないのは当然だろう。日本の教科書の内容は近隣諸国に配慮しなければならないという近隣諸国条項という規制は廃止すべきである。(第五章/日本は日本らしく、日本人は日本人らしく)

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by hishikai | 2009-02-22 06:10 | 憲法・政治哲学
2009年 02月 20日
中川昭一著『飛翔する日本』より(一)
e0130549_305563.jpg「自分だけがよければいい」というエゴイスティックな価値観を抑制することは、それが効力を持つ社会、すなわちコミュニティにおいては発揮されていい。人間社会にとって重要な規範を身につけていないと、外国とやりとりする前に基盤となる日本そのものがおかしくなってしまう。

だが、現在の日本人が抱える深刻な問題の一つは、肝心要のコミュニティがあまりにも希薄になり、殺伐としていることである。コミュニティの弱体化は相互の情報不足も相まって、個人のエゴを肥大化させ、それが一人一人の「人間力」を落とすことにつながる。この悪循環が日本の衰退原因の一つになっているように感じる。(中略)

日常の買い物にしても、スーパーやコンビニに行けば、レジで支払いするとき以外はほとんど会話がない。自動販売機になるとおしゃべりすることなどない。それから、回転寿司の店で食事すれば、声に出して注文せずともいい。「ブロイラーのように」と言うと怒られそうだが、回転寿司の光景は黙々と「来た餌をつまんでいる」というように、私の目には映る。(中略)

卵が先か鶏が先かわからないが、「人間力」とコミュニティ、教育、日常生活の関係を改善する特効薬はない。そうであっても、地道に粘り強く取り組んでいきたい。日本が戦後の一時期を除いて長い間、独立を守り、独自の文明と豊かさを育むことができたのは、地理的な原因もあったにせよ、考え・行動する真剣な日本人の持つ改善力、進化力が源だったのではないかと思う。(飛翔する日本/中川昭一)

あるいは著者の主張する憲法九条の改正、教科書近隣諸国条項の撤廃、攻撃型原潜の常時配備を抄出する方が保守系ネット言論らしくて面白いのかも知れない。だがそれよりも著者のまともな人間観を示すことの方が、著者の失脚による日本の損失を浮上がらせ、且つその方が意味が重いと考え、敢えてこの地味な箇所を抄出した。

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by hishikai | 2009-02-20 13:46 | 憲法・政治哲学
2009年 02月 18日
酒談二題 ─葉隠聞書より─(現代語訳)
e0130549_017548.jpg上野利兵衛のこと

上野利兵衛は、江戸で雑務目付を勤めていた折、若い男を手先として使っていた。八朔の前夜、御歩行目付の橋本太右衛門と酒を飲んで正体なく酔い、手先の男を従えて帰路に就いたが、道々散々な悪態をつき、その揚句、自分の屋敷の前でその男を斬ろうとした。

男は刀のこじりを跳ね返して利兵衛と組合い、そのまま二人は溝へ落ちた。利兵衛は下に、男が上になって押えているところへ、利兵衛の下男が駆けつけて「上が利兵衛様か、下が利兵衛様か」と叫んだ。利兵衛が「下が利兵衛だ」と答えると、下男は上になった男の背中を斬りつけた。が、傷は浅く男は走って逃げた。

この事件が聞こえてお取り調べとなり、利兵衛は入牢申し付けられて、後に縛首に処せられた。利兵衛の下男は国許の者だというが、身分の低い者にしては、勇ましいはたらきであった。酒の相手をした太右衛門は、取り調べ中に自害して果てた。力が入らぬほどに酒を過ぐるは、腰抜け者で武道不覚悟である。

福地吉左衛門のこと

鍋島勝茂公が客を招いて酒宴を催されたとき、鶴の料理が供された。客の一人が「公は料理された鶴を、これは白鶴、これは黒鶴、と食べ分けられるとうかがっていますが、それは本当ですか」と云った。「確かに食べ分けます」と勝茂公がお答になると「しからば、只今のお料理の鶴はいかがですか」と尋ねた。

勝茂公は「真鶴です」とお答になったが、客達は「どうも信じ難い。お料理人に確かめてみたい」と云い出したので「福地吉左衛門を呼べ⋯」との仕儀になった。事の成りゆきをものかげで聞いていた吉左衛門は急いで台所へと行き、大盃で立て続けに数杯を飲み干した。

お召しである、と云ってたびたび人が来たが、やはり酒を飲んでいる。ようやくのこと吉左衛門が酒宴の座に参上し、客達がお料理の鶴のことを尋ねたときには、すでに「真白鶴でござる。いや黒鶴、いや白黒鶴で⋯」と、舌のもつれた返答であった。「飲過ぎたな」勝茂公は一言叱ってお返しになり、鶴の詮議はそれぎりとなった。

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by hishikai | 2009-02-18 00:34 | 憲法・政治哲学
2009年 02月 12日
三権分立
e0130549_1585118.jpg権力分立論はこれまで一般に三権分立と表現されてきた。そこでは国家作用が「司法/行政/立法」の三つに分離して説明され、私達も学校の授業を通じてそう教えられてきた。だがこの三権分立という考え方は、モンテスキューが説いた権力均衡を狙う権力分立論とは別の、よりイデオロギッシュな側面を持っている。

三権分立は、国家作用Aは機関aが担当し国家作用Bは機関bが担当すること、機関aと機関bは相互に強い対抗手段を持たないこと、機関aと機関bは異なった人的構成を持つこと、といった謂わば一作用一機関対応型の国家統治像をイメージしている。

その上で三権分立は立法作用の国会による独占を強調してきた。それは国民に選出された代表から成る国会の立法と、その下での司法・行政という全体像を描くことで、立法府たる国会の他機関への優位を説き、これこそが法治国家だと主張されるとき、権力分立論と民主主義とがピタリと合致するという考えに基づいている。

三権分立が敢えてこのような道筋で国家統治を捉えようとするのは、その根底に「権力分立論とは君主の持っていた行政権を議会が統制しようとする民主的理論だ」という理解を通じた内閣への警戒感があるためで、だからこそ三権分立の理解の下で内閣は「行政を統括する機関」即ち「行政府」と呼ばれることとなる。

だが英国には「行政」とは別に国王の「大権」があり、米国には「行政」とは別に大統領の「執政権」がある。我国でも内閣には解散権、外交権、予算編成権等があり、これら権限の作用は国会の制定した法律の誠実な執行を指す「行政」とは明らかに異なる。

この事は内閣が「執政機関としての内閣/行政機関としての官僚団」という重層構造を持ちながら、同時に執政機関が行政機関を指揮監督する組織であることを示す。この広い権限を警戒し、内閣を単なる「行政府」の位置に抑え込もうとするときに、執政機関の行政機関への指揮監督権が後退し、官僚団のルールに基づかない活動を許すこととなる。つまりこれまでの三権分立という考え方は、その警戒する方向を完全に誤っていたのだ。

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by hishikai | 2009-02-12 15:11 | 憲法・政治哲学
2009年 01月 20日
古代ローマ的なるもの
e0130549_18541586.jpg明治二十一年、伊藤博文が帝国憲法の制定に先立ち「我国の機軸は何なりや」と言ったとき、伊藤公の脳裏には国家と法の権威を何処に求めるかという問題があった。そして自ら見聞した欧州諸国に倣って言葉を続けた。「宗教なる者ありて之が機軸を為し、深く人心に浸潤して人心之に帰一せり」

欧州はローマ法を継承し、教会に権威を求めた。この場合のローマ法は529年にビザンティンで完成したユスティニアヌス法典を指す。そしてビザンティンがキリスト教国家であったことを考えれば、伊藤公が脳裏に描いた権威と宗教のセットは、ビザンティンから欧州へ受継がれたものと言ってよい。

だがアメリカは違う。アメリカはビザンティンから欧州という潮流の外にあり、国家と法の権威を宗教に求めることはない。アメリカは古代ローマをモデルとして建国され、その理念は現実的で保守的である。この点につきH・アレントは次のように指摘している。

アメリカ人が憲法に自らを結びつけた力は、啓示された神に対するキリスト教的信仰でもなければ、同じように宇宙の立法者である創造者へのヘブライ的服従でもなかった。革命と憲法に対する彼らの態度が幾分でも宗教的と呼べるとすれば「宗教」という言葉を、そのオリジナルなローマ的意味で理解しなければならない。(革命について/H・アレント)

ローマ的意味の宗教とは、古代ローマの人々の常に先祖の起源に回帰しようとする精神を指す。したがって彼らは「建国の精神」が後継者の絶えざる流れの中で受継がれてゆくことが、国家と法に権威をもたらすと考えた。これをM・ハダスは次のように言う。

ある意味ではローマの真の宗教、ローマの崇拝する究極の対象、ローマの理念を具象化したものは、結局のところ、ローマそのものであったといえよう。(ローマ帝国/M・ハダス)

これは現在のアメリカも全く同じと考えてよい。ある意味ではアメリカの真の宗教、アメリカの崇拝する究極の対象、アメリカの理念を具象化したものは、結局のところ、アメリカそのものである。

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by hishikai | 2009-01-20 19:30 | 憲法・政治哲学
2009年 01月 08日
調停読本
e0130549_0101346.jpg私の手許に『調停読本』という本がある。発行日は昭和二十九年十月一日、発行者は日本調停協会連合会。編輯は最高裁判所事務総局が賛助。表紙は濃緑色の布製。川島武宜著『日本人の法意識』によれば「長い間、多くの調停委員にとって一種の公定教科書的な役割をはたした」本であるとのこと。以下に興味深い点を抜粋する。

《調停の本質》〈一、民事訴訟の裁判は、法律のわくにしばられます〉「(裁判による解決は)具体的妥当性に欠けるおそれがないでもないのであります」〈二、訴訟は日時と費用を要します〉「『訴訟ざた、勝つも負けるも損のもと』とか『よくばって、訴訟となってとも倒れ』とかいわれるのも、このことであります」

《調停委員となるべき者》「何よりもまず徳望良識のある者でなければなりません。誠に、『篤行の人にまかすは世のならい』であり、『徳望は調停の武器なり力なり』というべきであります。そして、『当事者に信頼感を与えつつ』『険悪な空気も和むお人柄』というような人物こそ、調停委員に選任すべきでありましょう」

《当事者の陳述》「いいたいことをいわしてもらえないことは、当事者にとってまことに苦痛でありますから、『つまらないことも謙虚に聞いてやり』、『へ理屈もいうだけ一応聞いてやる』というように『ともかくも底の底まで聞いてから』調停するという心構えが必要です」

《調停の成立》「調停手続は、これを目的として進められるもので、『それぞれにつくす誠が実を結び』、『ゆとりある調停案に歩みより』そして結局『すみません御苦労様とわらいがお』で『双方の納得できる名調停』が成立するならば、関係者は『生き甲斐を成立に知る帰りみち』ということになりましょう」

《調停いろはかるた》い「いろいろの もめごとはまず 調停へ」ろ「論よりは 義理と人情の 話し合い」は「話し合い 相手に五分の 利を譲り」に「人情の 機微に触れつつ 手際よく」ほ「本訴より 手がるで安い 話し合い」へ「平和なる 家庭にもどす 家事調停」(以下略)⋯。

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by hishikai | 2009-01-08 00:18 | 憲法・政治哲学
2008年 12月 22日
自由について
e0130549_14154386.jpg政府は個人生活を保障すべきという主張が再び台頭している。この主張の危うさは、これと本質を同じくする社会主義や共産主義という計画経済の失敗によって明らかだが、それが繰返されるとき人々は失敗の原因について、経済非効率性という一見修正可能な問題を語り、より本質的で修正不可能な自由の問題を語らない。

人間には自由がある。自分の運命に、自分の環境に自分なりの態度をとるという人間としての自由がある。そのことで人間は人生を自分のものとし、やがて迎える死に対しても何ごとかの態度を示すことができる。それがどんなに惨めなものであろうとも、これが自分の人生だという自負に国家の恩寵が勝ることはない。

この自由を取り上げることはどんなに殊勝な国家機関にもできないし、またするべきでもない。これを取り上げられた人間が生物としての死を迎える以前に、存在としての死を迎えることは過去の歴史が教えている。計画経済は人間の核心、この自由を完全に見落としている。

なぜ計画経済が自由を見落とすのか、私は詳しくは知らない。しかし印象として、彼らが人間に経済的な問題から解放された後に営むべき「人間らしい生活」があると考えているように見える。だがその心理は物質生活を侮蔑している。その解放は善意の看守が人間を清潔な牢屋に閉じ込めることに他ならない。

いやそれは甘い、本当に貧乏になったら人間に自由などないという意見もあるだろう。だが少なくとも私は、各所の喫茶店のランチのサンプルを貰い歩く貧乏暮らしから、人間を最も明るく照らすのが運命と戦う白熱で、その白熱に照らされて人間は始めて自由なのだという、彼らの考えとは正反対の事実を以前に学んだ。

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by hishikai | 2008-12-22 14:31 | 憲法・政治哲学
2008年 11月 30日
保守的な人
e0130549_74092.jpg私の周辺には人生に保守的な人が多いように思う。人並みに働いているのだから分割でパソコンでも買ってインターネットの少しも見ればいいのにと思うのだが、仕事帰りに馴染みの酒場に立ち寄って気の合う仲間と下らない話をして、やがて千鳥足で家路に着くのが彼らのお気に入りの人生であるらしい。

彼らは海図のない航海に出かけようとは思わないし、もし仕方なく未知の海を行くことを余儀なくされた場合にも、彼らは1メートル進むごとに水深を計ることを無駄だとは思わない。それは他人から見れば臆病であるに過ぎないが、彼らにしてみれば理に適った思慮深さということになる。

もっとも保守的な人の、馴染んだもの、慣れたもの、愛着のあるものに人生の楽しみを見い出そうとする態度を臆病であると言うことは、人が目的に対するとき如何に変化を望もうとも、それを実行する手段に対しては保守的にならざるを得ず、従って生活の広い領域を保守的気質が支えていることを忘れている。

例えば人と道具の関係がある。道具は人の生活に不可欠であるために歴史と共に進歩して、最近では年々歳々から時々刻々へと歩みを早めているが、それでも四六時中新しい道具に買い換えて取扱説明書と睨めっこするよりも、少しばかり型遅れだが慣れた道具を使う方が目的を果たしやすい。

そのため職人は使い慣れた道具を大切にし、弁護士も自分で注釈を書込んだ法律書を書棚に揃えておく方が安心に違いない。そして客は彼らに熟練を期待して仕事を依頼し、彼らは熟練をもって客の依頼に応える。だから仕事が出来ることは道具の扱いに熟練していることだと言っても過言ではない。

これは政治にもあてはまる。政治に期待されるのは安定した統治で目覚しい進歩ではない。政治とは誰かの見た夢を多くの人に押付けることではなく、多くの人の見ている夢が共存できるよう規則を維持することだ。だから政治家は政治の活動に熟練していなければならない。その点で政治は宗教や哲学よりも職人仕事に近い。

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by hishikai | 2008-11-30 07:09 | 憲法・政治哲学