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2010年 08月 26日
日本海を望む
e0130549_22332874.jpg糸魚川にて 田中冬二

巴丹杏を賣つてゐた
もう氷水屋も出てゐた
別所といふ村で飲んだビールは まださめなかつた
古い町家のうしろはすぐ濱になつて
あかるい青い青い海
信州から山越えして来た僕の錯覚だつたらうか
ぼくはそこの青い波の間をゆく龍宮の近衛兵のやうな赤い魚の群を見た
波しぶきの白い渚づたひには親不知あたりが見える
ああ僕のかへる越中もうすくうすく見える

             「海の見える石段」より

日本海。北の海だから少しは涼しいだろうと思ったが、ひどく暑い。それでも信州の山々を越え、妙高高原を下ったところに突然開かれた、この海の青さは格別だ。田中冬二の詩に詠われた、日本海の美しさ。

by hishikai | 2010-08-26 22:46 | 紀行
2010年 08月 06日
海底のやうな光
e0130549_1702856.jpg朝や黄昏など、特に風景の美しかつた太田川の下流、私どもの住んでゐた町の土手から降りて行く河原に火事をさけてすごした六日、そして七日と八日、その間に見た現実は、この世のほかの絵巻であった。

私はそれを凄惨だつたとは思ひたくない。危険と忍耐と、純粋な民族感への満ち足りた感情との三日間乞食のやうに河原に起き伏した短い日、私たちはどんな貴族よりも高い精神のなかに呼吸してゐた。死骸と並んで寝ることも恐れぬ忍耐の限度を見た。おびただしい人の群のたれも泣かない。誰も自己の感情を語らない。日本人は敏捷ではないが、極度につつましく真面目だといふことを、死んで行く人の多い河原の三日間でまざまざと見た。

河原は引潮で細い清らかな水の流れの外は白い熱砂であつた。そのうへに点々と人が坐り寝ころび、佇んでゐた。六日は一日ぢゅう爆発の音がとどろき火のついた大きい(判読不能)切れや板つばしが強風に吹きあげられて頭のうへにふりかゝつた。空は昼なほ昏く黒い雲の中を真紅の太陽の火玉がどんどん落ちて来た。

河原でも一つ所に長く止まることはできなかつた。けれども阿鼻叫喚の気配はどこにもないのだ。だまつて静かに死んで行く人達、電光で焼いたひどい火傷は神経が麻痺して、ひりひりする激痛は感じないとか聞くけれど、それにしても負傷者の寂として静かなことは一層心をうつのである。水をのみ、配給の握り飯を最後に頬張つてはつきりと名を告げて息を引き取つた十五、六歳の勤労学徒もあつた。河原の陽の下に、寝そべつたやうに死んでゐる五歳位の女の子もゐた。

七日になつて河原に来た救護班の手当てをうけた。この日になつて昨日の異様な空襲が、新兵器のはじめての使用であつたことをきいた。七日の夜から八日の朝、また昼にかけて人々はばたばたと倒れた。七日の夜は朝まできれいな東京の言葉で「お父さまアお母さまアーいいのよウーいいのよウ。おかへりあそばせエー」と絶叫しつづける若い娘の声が聞えた。「気がちがつたのね」私たちは涙を流しとほした。

新兵器の残忍性を否定することは出来ない。だが私は精神は兵器によつて焼き払ふ術もないと思つた。あの爆弾は戦争を早く止めたい故に、使つた側の恥辱である。ドイツが敗北した。ドイツを軽蔑できなかつたと同じに、あの新型爆弾といふものを尊敬することはできない。広島市の被害は結果的に深く大きいけれど、もしその情景が醜悪だつたならば、それは相手方の醜悪さである。広島市は醜悪ではなかつた。むしろ犠牲者の美しさで、戦争の終局を飾つたものと思ひたい。

(大田洋子/『海底のやうな光──原子爆弾の空襲に遭つて』 朝日新聞 昭和二十年八月三十日掲載)

by hishikai | 2010-08-06 17:07 | 文学
2010年 08月 05日
保守と右翼
e0130549_12202217.jpg「マガジン9」2009年11月の記事で、政治学者の中島岳志氏が保守と右翼の違いについて話されている。以下に引用する。

まず保守は、理性が頼りないものだとすれば、理性を超えたものに依拠するということを重視します。たとえば伝統とか良識とか、歴史感覚でもいいですし、ヨーロッパの保守で重要なのは「神」という概念だと思いますが。理想社会というのは過去にもなかったし永遠にこない、と考えるのが保守の立場です。だからバランス感覚を持ちながら、漸進的に改革をしていく英知しか存在しないということです。
それに対して右翼というのは、理想社会が誕生しえると思っているのではないでしょうか。では、進歩派と何が違うかというと、過去に遡行することによって理想社会というものが可能であると考えているところです。つまり世界各地の原理主義と同じように、ネイションや宗教共同体の原理には理想的なピュアなものが存在する。そこに遡行することによって、ある分け隔てのない平等な社会、日本の場合で言うと「一君万民」、そこに到達することが可能であると。それが右翼というものだと思うんですよね。

大筋で正しいと思う。理性という言葉は唐突だが、これはヨーロッパ大陸の哲学者が社会発展の原動力として人間の理性に希望を託したためで、これに対してイギリスでは理性を信用しない、経験的な素地から保守主義(Conservatism)が唱えられた経緯によっている。

つまりドーバー海峡の向こう側のフランスやドイツでは、盛んに人間の理性で社会を設計しようと言っているが、私たちイギリス人はそんなものは信用しませんよ、イギリス人が信じるのは永い歴史に培われた伝統ですよ、それが保守主義ですよ、ということだ。

日本の保守主義者は必ずしもそうではない。日本では保守主義と設計主義が理性を巡って対立する土壌はない。そのために保守主義と右翼は渾然としている。その意味からは中島岳志氏が指摘する理想社会の誕生を信じるか否かは一つの分水嶺であるように思える。

ただ日本では戦後社会を否定した後の理想社会を描かなければ、保守であれ右翼であれ思想としての意味を持たず、一方で現状維持を本音とする一般層との対立もあり、敗戦を経験せずに社会が維持されたイギリスとは異なる、破壊と建設のジレンマが桎梏としてある。

三島由紀夫は理想社会を語らなかった。三島が理想社会を語らず、戦前の権藤成卿や北一輝が理想社会を語ったことは、両者の思想的な違いによるものなのか。三島は保守主義者であったのか。そうではない。彼らは政治を否定したのだ。三島は理想社会を語らないことで政治を否定し、権藤と北は政治が不要な理想社会を語ることで政治を否定した。すなわち右翼とは天皇を奉ずる非政治主義者のことなのだ。

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by hishikai | 2010-08-05 12:25 | 憲法・政治哲学