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2010年 12月 31日
歳晩の憂鬱
e0130549_2250278.jpg私は部屋に一人で籠っている。何故と云って歳晩が憂鬱なのだ。街の賑わい、人々の浮いた気分、大売り出しの仰々しさ、みんな一緒の年越し蕎麦、みんな一緒の除夜の鐘。この何もかも大波にさらわれるような気分が滅入るのだ。

浮ついた世間の様子は見るに耐えず、聴くに耐えず、だからテレビもつけず、ラジオもつけず、外界の一切を遮断してじっとしている。その姿を人が見るならば、あたかも嵐が過ぎ去るのを待つ巣穴の中の小動物であるに違いない。

だが何と云われようとも歳晩は憂鬱で、でき得るならば西洋人のように合理的かつ冷淡にやり過ごして、この太古の昔よりの脅迫的な目出度さを打ち払ってしまいたいのだが、我家のちゃぶ台や、仏壇や、神棚や、それら全てが習俗からの逃避を許さない。

ただ突っ伏し、頭を抱え、ひたすらに時の過ぎるのを待つのみ。ひたすらに凡庸な日の来らんことを、平日の人もまばらな街角を、のんびりと散策する日の訪れんことを、ただひたすらに待つのみである。

by hishikai | 2010-12-31 22:48 | 日常
2010年 12月 14日
ボー・ブランメル
e0130549_23191436.jpg地下鉄に乗って膝の前に蝙蝠を突いて座っていると、ふいに「ブランメルみたいですね」と隣の女性が云う。女性は髪の長い、色白の人で、唇を固く結び、潤いのある大きな眼でじっと私を見つめている。手には読みかけの本を開いている。

ブランメルとは誰ですかと尋ねると、英国を代表する紳士ですと云う。少し考えて思いあたらないので、私が、存じ上げなくて申し訳ありませんと答えると、女性は、いいえ、私こそ無遠慮に見つめてすみませんと云い、読みかけの本へ視線を戻す。

ジョージ・ブライアン・ブランメル。通称ボー・ブランメル。十八世紀末から十九世紀初頭に英国社交界で評判を博した人物。平民の出身だが、オックスフォード大学から近衛騎兵連隊へ進むと、その立居振舞いや服装の趣味が評判となって、ジョージ四世の寵愛を受ける。

仏蘭西の華麗から英国の質実へ歴史が舵を切ったこの時代、ブランメルは新しい男性服飾の手本となった。純白の生地を高く首に巻き、仕立ての良い青い上衣を纏い、フィットしたズボンに磨き上げた長靴を履いた彼の姿は、並みいる貴紳連より控え目だが上等であった。

だがその態度は控え目とは程遠く、彼は一般に尊重すべきと信じられている一切のもの、権力、地位、学問や芸術の天分、女性の魅力という事々を浮薄と信じ、浮薄であると信じられている一切のもの、服装、立居振舞い、口調という事々を何よりも重要だと信じた。

物事の実質を重んずる教義を社会の玉座から蹴落とし、代わりに物事の形式を君臨させることが彼の生涯の企てであった。華やかな席で実際家を嘲弄する彼に社交界は狂喜した。そうした人生への態度は二百年後の今日まで「ダンディズム」の名で伝えられている。

歩廊に立って走り去る列車を見送る。降りる間際に、ご婦人に声を掛けて頂いたのは初めてなので巧い返答ができずお恥ずかしい次第ですと、弁解する私を見て微笑んだ女性の顔を思い出す。不思議な、それでいて少し名残惜しい気がした。

by hishikai | 2010-12-14 23:26 | 文化