2009年 09月 09日
18世紀末から19世紀中頃、ヨーロッパでは封建制度が崩壊して農民たちが解放される。だが土地に頼って生活をし、手工業によって収入を得てきた彼らにとって、それは餓死への解放に等しかった。やがて職を求め無数の農民たちがイギリス、フランス、ドイツ、オーストリアなど、産業革命で急激な膨張を続ける新興工業地帯に移動を始めた。 だが初期の工場労働者である彼らに与えられたのは長時間の労働と低い賃金、家庭での貧しい食事と病気、ただそれだけであった。栄養は不足し住居の衛生状態が劣悪であったために、生きてゆくことそのものが難題であった。ロンドンの労働者の30%は慈善施設で息を引き取り、1850年には死亡者の94%が伝染病による死者であった。 子供たちも働いた。1860年にはイギリスのある地方長官がノッティンガムのレース工場で雇われている子供たちは朝の4時から夜の12時まで働かされていると報告し、1863年に政府の調査委員会に対して陶器製造所の少年は「おとといの夜からまったく寝ていません」と答えた。そうした彼らの平均寿命はおよそ17歳と少しであった。 医者として労働者たちの治療にあたる夫と共にベルリンのスラム街に住んだ画家のケーテ・コルヴィッツは、彼らの絶望を木炭とペンで描いた。彼女は病気の子供を見つめる親や、妻の死をなげく夫を描くことで、そのような悲惨な場面に何度も立ち会い、その心境を次のように書いた。「私の生活のすべては、死との対話の連続である」 こうした現実こそK.マルクスに生涯のテーマを提供したものであったが、意外にも最初の改革は富裕層の間から起こった。イギリスきっての大地主アシュレー卿は全産業における女と子供の労働時間に制限を設ける法案を成立させ、ソールト卿を始めとする幾人かの有力な工場経営者は、工場を地方に移して従業員のための模範的な町を造った。 次いで貧困層の間から改革が起こった。イギリスでは1871年に労働組合を認める労働組合法が制定され、組合は全国的な組織へと発展した。その活動は雇用者側との協定や仲裁を通じて行われ、ストライキは1889年以前にはほとんど行われなかった。このようなイギリスの状況をF.エンゲルスは「あらゆる国の中で最もブルジョワ的」だと指摘した。 ドイツ帝国を建設したビスマルクは「国家は救済事業でもある」と宣言し1883年に医療保険法、1884年に災害保険法、1889年に老廃疾者保健法を制定した。それらは陸軍の戦力維持という目的から徹底され、法律にはトイレの窓の場所と必要数も定められた。こうしたドイツの状況を社会主義者のW.リープクネヒトは「刑務所長の国だ」と評した。 だが彼らが何と評しようと現実は彼らの社会理論にほとんど関係なく進行した。1900年には労働者の賃金が30年前より50%上昇した。L.パスツールは細菌が病原体であることを示唆し、R.コッホが結核菌やコレラ菌を発見し、J.リスターが消毒法を開発し、R.フィルヒョーが下水が細菌の繁殖場所であることを突止めて、衛生施設が改善されていった。 都市には最初にガスが、次いで電気が普及して家庭や街頭を明るく照らし、一般の人々のための公園やレクリエーション施設が造られた。1890年から1910年までウィーンの市長を努めたK.ルエーガーはガス、水道、市電などの公共事業のほか、孤児院や葬儀場のような施設も市営に移し、町を緑地帯で囲んで市民のための牧場も管理した。 1868年から1886年にかけてイギリス、フランス、オランダ、ベルギー、イタリア、ドイツ、スイス、オーストリア=ハンガリーで初等教育が義務制となり、1900年までにイギリス、フランス、ドイツ、スカンディナヴィアでの文盲率は5%以下にまで減った。もっともこれら一連の改革について、ロシアとバルカン諸国は大きな例外ではあった。 それより50年前の1851年、ロンドンで万国博覧会が開催されるにあたってヴィクトリア女王の夫アルバート公は「この展示会は進歩の方向を示すべきものだ」と語ったが、それからの50年間はまさにその言葉どおり「進歩」の時代であった。しかしそれは人々が苦しい思いをして、悲惨な代償を払ったあげくの「進歩」であった。
by hishikai
| 2009-09-09 12:55
| 第一次世界大戦
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