2010年 12月 31日
歳晩の憂鬱
e0130549_2250278.jpg私は部屋に一人で籠っている。何故と云って歳晩が憂鬱なのだ。街の賑わい、人々の浮いた気分、大売り出しの仰々しさ、みんな一緒の年越し蕎麦、みんな一緒の除夜の鐘。この何もかも大波にさらわれるような気分が滅入るのだ。

浮ついた世間の様子は見るに耐えず、聴くに耐えず、だからテレビもつけず、ラジオもつけず、外界の一切を遮断してじっとしている。その姿を人が見るならば、あたかも嵐が過ぎ去るのを待つ巣穴の中の小動物であるに違いない。

だが何と云われようとも歳晩は憂鬱で、でき得るならば西洋人のように合理的かつ冷淡にやり過ごして、この太古の昔よりの脅迫的な目出度さを打ち払ってしまいたいのだが、我家のちゃぶ台や、仏壇や、神棚や、それら全てが習俗からの逃避を許さない。

ただ突っ伏し、頭を抱え、ひたすらに時の過ぎるのを待つのみ。ひたすらに凡庸な日の来らんことを、平日の人もまばらな街角を、のんびりと散策する日の訪れんことを、ただひたすらに待つのみである。

by hishikai | 2010-12-31 22:48 | 日常


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