2008年 09月 10日
麻生太郎氏の著書『自由と繁栄の弧』は氏が外務大臣を担当している時に著わされたもので、内政への包括的な方針といったものは見あたらない。しかし自身の構想する東アジアにおける三つの重点目標を掲げた箇所に、麻生氏の価値観が示されているように思うので、以下にこれを辿ってみたい。 「第一に自由、民主主義、市場経済、法の支配、人間の尊厳の尊重を促進することです」 一見して氏が自由主義的な思想傾向の持ち主であることが伺える。民主主義に関しても別の頁で「投票箱と市場の自由こそ最善」と述べ、民主主義の制度的側面と経済的効用とを結びつける功利的発想からも、その印象は強い。またこれまで我国の政治家の言及が少なかった法の支配に言及していることは特筆すべきで(この解釈は論者により幅があるものの)少なくとも氏が人民主権のような民意(人為)による国制の根本的変更(例えば国民投票による天皇制の廃止)を容認する思想に否定的であることは推測される。 「二番目に、偏狭なナショナリズムを排除することです」 氏はこれについて「国を愛する健全な心と他国に対する憎しみを助長する偏狭なナショナリズムとは異なる」と述べているが、果たしてどうであろうか。確かに「国を愛する健全な心」の持ち主が多数を占めることは望ましい。この点でも麻生氏は「投票箱と市場の自由」に期待するところが大きいのであろうが、例えば韓国の場合を考えても、やはりその効果には疑問が残る。それは諸外国と異なり、中国、韓国、北朝鮮が抗日を建国神話とし、偏狭なナショナリズムを統治原理の中心に温存しているために「投票箱と市場の自由」はこれに対して有効な接点を持たず、却って経済発展によるアイデンティティーの高まりが、偏狭なナショナリズムを助長するという悪循環を私達日本人が目撃してきたからである。 「三番目の目標は、アジアの政治・経済・軍事分野における透明性と信頼、ひいては予見可能性を高めることです」 経済分野の透明性は公正な競争を確保し、軍事分野の透明性は互いの猜疑心による破滅的な誤算を防ぐ。これらは共に予見可能性の向上にかかっている。このように個別的な働きかけよりも、予見可能性にかける辺りに麻生氏の価値観が表れている。これは我国の内政にも適用されることで、特定の個人や集団を対象とした法律が網の目のように施行されている国家では、新規参入者がこの法規制をクリアするコストを事前に計算するのが難しく、そのため市場の自由が確保されない。法や制度はあたかも公園のベンチのように、誰もが使えて、誰もが使い方を知っていて、誰もがその効果を知っている、本当の意味の公共財でなくてはならない。 麻生氏の外交政策の特徴は、政策対象に対し直接働きかけるのではなく、対象の周辺環境に対して自由主義的価値を流し込むことで、その成果を期待するという点にある。だが国内政策においてこの路線を堅持することは、日本国民の社会保障政策への情熱を考えれば、まず至難の業であろう。
by hishikai
| 2008-09-10 11:14
| 憲法・政治哲学
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